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今日は、環境福祉常任委員会の県内視察で花巻市、一関市の福祉施設を中心に回ってきました。岩手県議会には、5つの常任委員会があります。私が所属している環境福祉委員会の他に、総務委員会、商工文教委員会、農林水産委員会、県土整備委員会の四つの委員会があります。議員は、このなかのひとつの常任委員会に所属することになっています。当選をして議会に行くと、所属希望委員会を第三希望まで書かされ、常任委員会の空き状況などを見て、振り分けられます。選挙の公約に環境と福祉を掲げた私は、第一希望に環境福祉委員会、第二希望に環境福祉委員会、第三希望にも環境福祉委員会とわがままを書きました。たまたま、運よく空きがあったため、すんなりと希望通りの環境福祉委員会に所属することができました。
委員会視察は通常、県議会議事堂をマイクロバスで出発し、みんなで移動します。それぞれの委員会は、それぞれ10人ほど議員がいて、これに、所管の執行部と事務局がついてきます。例えば、環境福祉常任委員会の場合、執行部からは、環境生活部環境生活企画室主任主査と、保健福祉部保健福祉企画室主任主査、医療局管理課総務担当課長が、また事務局からは、議事課主査、政務調査課主事が同行します。ですから、総勢15人ほどで、視察目的地から視察目的地へと移動することになります。議員は移動中、新聞を読んでいる人もいれば、読書をしている人、携帯電話で話をしている人、談笑している人、寝ている人、さまざまです。
今日は、花巻市からスタートということだったので、わざわざ盛岡まで行って、また戻ってくるの もたいへんなので、花巻の委員は現地集合となりました。まずは、矢沢の太田油脂産業兜t近にて、産業廃棄物の処理と臭気対策の取り組みなどについて、現地説明を受けました。これまでに撤去されたのは、動植物性残渣、汚泥(煮汁)、がれき類、木くず、金属くず(車両服務)、廃プラスチック類、廃油など3,717トンと、廃タイヤが約3000本。これは県境事件に次ぐ規模だそうです。他にも、タンクローリー車が丸ごと一台埋まっていたということでした。元従業員からの情報提供によって明らかになった同社の不法投棄に対して、岩手県は産業廃棄物処理業(収集運搬、処分業)の許可の取り消し処分などの行政処分を行いましたが、化製場の許可は引き続き有しているため、工場は操業しています。そのため、悪臭の問題はまだ解決されていません。花巻市と連携し、しっかりと対応していかなくてはなりません。
続いて、知的障害者更正施設『やさわの園』に行ってきました。かつて、私の姉もこの施設にお世話になっていました。当時は、20歳までしかいれなかったので、18年前に姉は他の施設に移されました。障害がとても重かったため、なかなか受け入れ先がなく、入っても出されるといった状況で、なんとか今いる奥中山の『中山の園』に落ち着きました。落ち着きましたというのは、あくまで家族の側から見ての話で、本人にしてみれば、落ち着いきましたというより、たらい回しされたあげく、落ち着かされたという方が正確かもしれません。何しろ、本人の意思は一切考慮されていないのですから。選挙のときに、18年ぶりに『矢沢の園(当時は、矢沢学園)』にきましたが、そのときはじっくり見学する間もありませんでした。今日は、隅から隅まで視察してきました。当時は、私も運動会などの行事のたびに施設にきておりました。昭和49年に建設された施設はさすが老朽化が目立ちましたが、じめっとした雰囲気、においなど、あのころと何も変わりませんでした。姉がいたころにいた利用者さんもいました。これだけ目まぐるしく変化する世の中にあって、ここだけその変化とはまるで無縁のように、かつてのままでした。
この施設の利用者は、障害者区分が最重度の方ばかりです。ですから、基本的にグループホームなどの地域移行は難しいと鼻から決めつけられています。実際、姉を見てきた私も、地域の中で生きていけるかと考えれば、答えはノーです。しかし、その答えはあくまで私や家族の答えであって、本人に聞いたわけでもありません。宮城県では、障害区分に関わらず、重度であれ、すべての障害者が地域で暮らせるよう、施設解体の方向に向かっています。姉は話せませんから、どちらをのぞんでいるのか分かりません。姉の声にならない心の声に耳を傾けるしかありません。とても難しい問題です。『矢沢の園』では、遠くから通っている利用者もあり、ご両親は高齢というケースも多いようでした。これに加え、自立支援法によって、家族負担が増えたことも影響し、月に一度の面会が、二月に一度、三ヶ月に一度になってしまった方もいらっしゃるとのことでした。施設のなかに入れられ、家族と三ヶ月に一度しか面会できない。これを本人がのぞんでいるのか、これが果たして人間的な暮らしなのか。首を傾げてしまいます。障害者自身、そして障害者を抱えた家族が今、大きな岐路に立たされています。
次に向かったのは、「矢沢の園」から車で5分の「こども発達相談センター」。恥ずかしいことに、私はこの施設の存在を知りませんでした。旧安野保育園の建物をそのまま活用していました。このセンターは、乳幼児の発達障害を早期に発見し、発達を促すための総合的な指導及び援助を行い、乳幼児の自立及び福祉の増進を図ることを目的としています。主な事業内容は、乳幼児の心身発達に関する相談及び検査、親子の遊びの実践による療育指導、保育園及び幼稚園における障害児の保育に関する指導及び助言、発達障害児の保育園等への就園指導。この日も数名の障害児が、療育指導を受けていました。
昔に比べて、発達障害の子どもたちが増えている背景には、核家族化という社会現象もあるよ うでした。母親が子どもの育て方を知らない。ですから、当たり前のことを当たり前に教えられないんだそうです。例えば、ハサミの使い方ひとつ知らない。人間とサルの違いは、道具を使えるかどうかにあるわけですが、その意味では、人間がサル化、つまりは進化の道を逆行している、退化しているとも言えるのではないでしょうか。お乳をあげながら、携帯のメールに熱中する母親の話は、どこか人事ではないと感じさせました。この発達障害は、早期に発見して、訓練することで、発達障害の克服することも可能ですが、母親が世間の目を気にしてなかなか自分の子どもの発達障害を認めたがらず、そのため早期の適切な指導が行われずに、発達障害を助長してしまうケースが多いようでした。発達障害は、何も恥ずかしがる病気ではありません。あのトム・クルーズも、子どものころ、文字がうまく読めない「失読症」という学習障害(LD)で苦しんだ経験をしています。いずれ、こうしたセンターは今後、ますますその重要性を帯びてくるでしょう。相談件数が年々増加するに伴い、指導員不足、指導員の質の向上という課題も解決していかなくてはなりません。
午後は、一関市の県立磐井病院及び県立南光病院の施設を視察してきました。土地、建物、医療機器合わせて総額230億円を投じて、今年4月に開院したばかりです。ですから、たいへん立派な病院でした。1億かけて購入した放射線治療装置「リニアック」は、日本一の機器。しかも、日本で一番最初に導入しました。ちなみに、2番目は東京の国立がんセンターだそうです。こういった最先端医療機器も完備し、地域住民へ安全で安心な医療の提供を行っていました。
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