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5月31日(土)

『さよならタカオ』

 今日は午後から、JCのイーハトーブランド創造会議を見学してきました。私が所属する会員拡大委員会とは別の委員会の事業ですが、JCに入ったらこういうことを是非やってみたいと考えていたので、オブザーバーとして参加しました。この事業は、ひとことで言えば、未来の花巻をしょって立つ市内の高校生たちが真剣に町づくりを考えるというもの。今どきの高校生が花巻にどんな思いを持っているのか関心を持っていましたし、何より夢があっていいじゃないですか。この日は、ふたつのグループに分かれて、高校生自らが手がけるイベントや企画を煮詰めていました。主役はあくまで高校生、JCメンバーはそのサポートに徹しています。

 JCって何やってる団体かよく分からないという声をときどき耳にしますが、そういう方は是非JCのホームページを見ていただきたいです。「世間知らずのお坊ちゃま集団だ」と揶揄する人もいますが、そのお坊ちゃま集団が、休みの日に花巻の高校生を集めて、花巻の未来について熱く語り合うでしょうか、しかも手弁当です。町づくりとは、結局のところ、利他の心、つまりはボランティアなんだと思います。もちろん、そのボランティアを通じて自分を成長させるという目的もあるでしょう、しかしそれは己の欲得とは違うものです。己の欲得から離れたところでいかに行動できる若者がいるか。町づくりの必要条件だと思います。JCだけではありません、消防団もそう、花巻祭もそう、裸参りもそう、地域行事への参加もそう。みんな一銭の得にもならないボランティアです。損得勘定だけでは成り立ちません。

 夕方、イトーヨーカドー前、アルテ前で街頭演説をやり、それから「花巻市の障害者問題を考える市民の会」役員会に出席してきました。会の存廃という深刻な議題でした。会が設立されて18年。会の役員も高齢化が進むにつれ負担が増え、また当初の情熱や行動力も失われつつあるというのが理由でした。本来、世代交代が進んでいればこのような事態にはならないわけですが、次の世代が育っていないのですから仕方がありません。これは何もこの会だけに限った問題ではないでしょう。こうした市民の会の活動はそれぞれの分野を通じた町づくりへの参画でもあったわけで、これも結局のところボランティアです。ボランティア力の低下が、町づくりに大きな影響を与えることを懸念してしまいます。

 夜は、第11回ロスジェネフリートークを開催しました。今夜のゲストスピーカーは、元JICA(国際協力機構)シニアボランティアの高橋寛さん。花巻小学校の校長先生もされた方です。とても気さくな性格で、人懐っこいお人柄。私の選挙も手伝ってくれたこともあり、みんな寛先生、寛先生と言って、慕っています。今夜は、総勢20名の参加者で、小学生の子どもも3人いました。テーマが「カンボジアに生きる人々」だったので、いかに日本が恵まれているのかを子どもに教えたいと参加者が連れてきたのでした。えらいパパですよね。

 寛先生は奥様とふたりで2年間、カンボジアでボランティアをしてきました。そのときの体験をスライドを交えて、熱く語ってくれました。内戦における大虐殺の歴史、そして今もあちこちに埋められている地雷の犠牲となる子どもがたくさんいるという事実。寛先生は、私たち若者に「人としてやるべきことはやれ!」、そして「世界を見ろ!」と言いました。「岩手が駄目なら世界があるさ!」という言葉を聞いて、でっかいな〜と思いました。ほんとにそう思います。世界は広い。地に足をつけた活動も大切ですが、同時にやはり世界に目を向けないと駄目だな〜と改めて感じました。

 最近、見た映画の中で、「生きるということは、危険に命をさらすこと」というセリフがありました。私たちよりうんと貧しい生活をしている途上国の子どもたちがなぜあそこまで飛びっきりの笑顔でいられるのか。彼らの笑顔には『生』がみなぎっているように見えます。彼らは、エイズや貧困、地雷という危険に命をさらしながら生活しています。だからこそ、生きることの重み、ありがたみが身にしみて分かっているんだろうと思います。何不自由ない豊か過ぎる日本で育った私は、学生時代から「飢えに飢える」といったような渇望が常にあり、『生』へのある種の不足感を感じ、南米やアジアなどの貧しい国々に『生』を求め、旅しました。そこには貧しくても与えられた『生』をむさぼるようにひたむきに生きる人々の姿がありました。

 危険に命をさらすことがほとんどない日本で、どのように『生』を感じることができるのか。寛先生は、「汗をかくことだ」と言いました。そして、「世界を見ることだ」と言いました。私は幸せにも学生時代に貧しい国々を見る経験を得ました。そして、失敗を恐れずに挑戦する、つまりは一生懸命生きる、汗をかける目標を見つけることができました。だから私は今、『生』をひたむきに生きることができるのだと再認識しました。しかしまだ、むさぼるようには生きていない。もっともっと『生』をむさぼるようにひたむきに生きたいという渇望があります。その渇望を満たすため、もっと汗をかき、世界を見ようと決意を新たにしました。

 もうひとり、忘れてはならない決意を新たにした仲間がいました。「生きるって何なんすかね〜」と、しょっちゅう私に問いかけ、暇さえあれば私のチラシ配りのボランティアをやってくれていた彼は、その答えを見つけに、この度、青年海外協力隊に応募することを決断しました。彼の名は、「タカオ」。そう、あの24時間100キロウォークの荒行を事も無げに成し遂げてしまったあの南部ラーメン男です。彼なら、アフリカでもどこでもやっていけるでしょう。まだ行くことが決定したわけではないのに、みんなに「いってらっしゃ〜い」、「元気でな〜」、「体に気をつけろよ」と、最後はタカオの壮行式状態でした。いつもこのロスジェネの会では、残った食べ物はパックに入れて次の会場に持っていくことにしているのですが、今夜はカンボジアの話を聞かせられた後だけに、パックは不要で、すべての皿がきれいに平らげられていました。


5月30日(金)

『意外な後期高齢者』

 今朝は、若葉町ファミリーマート前、花巻消防署前で街頭演説をやってきました。日中は、県南広域振興局花巻総合支局から今後の振興局のあり方についてのブリーフィング、お世話になった支援者のお葬式、いくつかの陳情の対応などに終われ、あっという間に日が暮れました。

 夜は、北成島下多目的集会施設 で第192回の県政報告会。5人の方が参加してくれました。北上市に隣接した30軒あまりの小さな集落ですが、ここでは今でも盆踊りを続けているそうで、今年遊びに来る約束をしてしまいました。30軒の集落の盆踊りがどんなものなのか、とても楽しみです。今夜も、昨夜の報告会に引き続き、後期高齢者医療制度を支持する後期高齢者の方がおりました。正確に言えば、支持ではなく、仕方がないという消極的支持。日頃、圧倒的に批判的な意見を耳にすることが多いので、意外でした。おふたりに共通しているのは、社会全体を見る目、つまりは「国家は国民が割り勘でやってる組織だ」という認識でした。こういう方々もいるんだということを知りました。


5月29日(木)

『地球の熱エネルギー』

 今朝は、眠い目をこすりながら、花巻駅西口岩銀前で街頭演説をやりました。終了後、議会へ行き、会派のみなさんと合流。一路、八幡平に向かい政務現地調査をしてきました。雪冷房りんどう一貫培養育苗生産施設など三ヶ所を調査してきましたが、中でも私が関心を持ったのは、八幡平スキー場近くにある地熱発電所。私たちが暮らす地球の内部には「核」と呼ばれる3000〜5000℃もの膨大な熱エネルギーがあります。特にも火山が多い日本では、この「地球の熱エネルギー」が豊富で、これを利用した地熱発電は貴重な純国産のクリーンエネルギーとして期待されています。今日は現地で噴出試験の状況を調査してきました。ものすごい勢いで蒸気が噴出していました。

 岩手県での地熱発電は、約49万人(盛岡市30万人)、約17.8万世帯分の電力をまかなっています。これは岩手県の全民生用電力需要のおよそ10.9%を占め、全国で3番目に高い割合となっています。ちなみに、全自然エネルギーの民生用電力供給可能率は20.24%で全国4位となっています。達増知事が掲げる「環境王国」の名にふさわしいよう、是非このランキングを1位まであげたいものです。現在、原油価格の高騰が続いてます。高騰の原因とされる投機資金を生み出している背景には、中国、インドなどの途上国の台頭によるエネルギー需要の増大があります。まして石油は限りある化石燃料ですから、今後は中長期的に見ても、このトレンドは続いていくものと考えるのが妥当です。エネルギー資源のほとんどを輸入に頼っている日本としても、自前で調達できる自然エネルギーの普及は急務であるように思われます。調査終了後、八幡平市議のみなさんと意見交換をしてきました。

 夕方、花巻に戻り、桜台一丁目交差点で街頭演説。夜は、御田屋町振興会館で第191回の県政報告会をやってきました。最初、あせりました。地図を見て、会場があるはずの振興会館に行ったのですが、その振興会館がない。そこにあったのは、野ざらしにされている古びたバスが一台。まさかと思いつつ、ドアを開けると、車内にはキッチンと冷蔵庫が備えつけてあり、奥には座敷も。そう、なんとここが御田屋町振興会館なるものでした。レトロな車内は、まるで昭和にタイムスリップしたみたいな雰囲気でした。地元では、バス集会所で通っており、逆に振興会館という正式な名称を言っても分からないようでした。

 聞けば、今からおよそ30年前、この地区にも公民館が欲しいという話が出たものの、金も場所もない。そこで、江刺から15万円で中古のバスを買ってきて、公園だったところに設置したとのこと。なんというユニークなアイディアなんでしょう。恐れ入りました。今夜はそのバス集会所に4人の方にご乗車いただき、報告会をしてきました。上町・大町商店街のすぐ近くということもあり、中心市街地の活性化について、いろいろご意見を聞いてきました。お年寄りしかいないと嘆くのではなく、むしろそれを逆手にとって、お年寄りが集う花巻の「刺抜き地蔵」を目指したらどうだろうといったようなご提案もいただいてきました。また、「高齢者も負担しないと保険制度がもたない」と後期高齢者医療制度を支持する後期高齢者の方もおりました。

 事務所に戻り、今夜は徹夜で仕事をしました。夜は誰も来ないので仕事がはかどります。


5月28日(水)

『消防団は空気じゃない』

 調査二日目。一ヶ所目は、秋田市。障がい者雇用優良事業所の「鰍スけや製パン」で障がい者雇用の取り組みについて調査してきました。同事業所の優良ぶりは雇用率を見れば一目瞭然。本県における民間事業所(福祉系事務所を含む)の平均雇用率が1.72%なのに対して、同事業所は5.2%。重度知的障害に区分される人も3名働いていました。特筆すべきは、定着率の高さです。通常、就職したものの環境になじめずにすぐやめてしまうケースが多い中、同事業所ではほとんどやめる人がいないと聞き、驚きました。最初の1ヵ月間の研修期間でジョブコーチを活用して本人の適性に合った仕事を見つけ、研修後も担当者が携帯メールで頻繁に意思疎通するなどして本人の気持ちを聞くようにして、孤立を防ぐ工夫をしていました。

 「食事も仕事も、障がい者がいて当たり前」という担当者の言葉が印象的でした。ここではすでにある程度ノーマライゼーションが実現していることが伺えました。ですから、「障がい者の側も変わらないといけない。障害を理由に、自分はこれはしたくないなどのわがままは通用しない」と特別扱いもしていませんでした。実際に工場内を見学しても、誰が障がい者かまったく分かりませんでした。お給料から工場内での待遇に至るまで、何から何まで扱いは、障がい者も健常者も同じでした。

<パン工場内。ホットケーキに蜂蜜と生クリームを入れる作業を見学する委員>

 調査二ヶ所目は大館市。エコシステム花岡梶Aエコシステム秋田梶A潟Gコリサイクルを訪れ、資源リサイクル等について調査してきました。鉱山で培った高度な資源開発技術を活かし、資源リサイクル、廃棄物処理、土壌浄化などの事業に取り組んでいました(ちなみに、本県と青森県の間にある県境産廃の一部もこちらで受け入れていました)。中でも注目の事業は、経済産業省の事業として昨年スタートし、今年度は県単事業として実施されている、レアメタル(希少金属)のリサイクルを目的にした使用済み小型電子・電気機器の回収試験。家庭に眠る「人工鉱床」を生かす秋田発の取り組みは興味深かったです。

<鉱山の露天掘跡地を活用した廃棄物最終処分場(総埋立容量、約2000千立方メートル)>

 調査二日目最後の調査先は、小坂町の潟Jミテ。同社は、先進的な育児・介護休暇制度を採用し、事業所内には独自の託児施設を設置運営するなど、子育てにやさしい職場環境の整備に積極的に取り組んでいました。育児休業は子どもが3歳の誕生日まで、事業所内託児所は無料など、従業員が働きやすい職場環境を整え、仕事と生活の調和、いわゆるワーク・ライフ・バランスを目指していました。その背景には、せっかく育てた従業員に育児や介護で退社されるのは会社の損失、従業員の能力を充分に発揮できるようにすることは会社の責務との考えがありました。

<事業所内託児所は、ちょうどおやつの時間。突然の見知らぬ来訪者たちに、子どもたちは戸惑っている様子でした>

 夕方議会に戻り、夜は、消防操法の訓練を見学してきました。私が所属する第一分団の今年の担当は花巻市中心部の1部。今月29日の大会を目指し、山ノ神の公設市場で毎週水曜日の夜、練習しています。寒い中、先輩に指導されながら基本的動作を繰り返し練習していました。出場メンバーの中の2人は、私の同級生です。普通の若い地域住民が仕事を終えた後、地域の防災のためにこうして訓練していることをどれくらいの市民が知っているでしょうか。消防団はいて当たり前と「空気」のようにしか感じていない人が少なくないと感じますが、決して「空気」ではありません。地域の安全はただではないのです。地域の安全を確保するために誰かが汗をかいているのです。自分が汗をかけないのであれば、少なくとも汗をかいている人たちに対して感謝の気持ちを忘れてはならないと思います。会合のため最後までいれませんでしたが、大会本番はお手伝いに馳せ参じたいと思います。

 今夜は会合から戻った後、明け方まで書き物や事務仕事に終われました。


5月27日(火)

『IT技術が変える医療』

 今朝は、花巻駅前、一日市商店街、浅沢鳥海神社前で街頭演説をやりました。今日から、県議会環境福祉委員会東北ブロック調査のため、一泊二日で秋田県に行ってきます。お昼過ぎに秋田市に着き、午後は最初の調査先、秋田県議会で「診療情報共有化システム」について調査してきました。秋田県が4800万円かけて開発した同システムは、患者の診療情報を地域の医療機関で共有することで、より質の高い医療サービスの提供を目指しています。全県下に広げていく上でのコストの問題、個人情報を取り扱う上でのセキュリティーの問題が課題となっているようでした。

<三浦陽子委員(中央)が質問している隣で、自分は何を質問しようかと考えている最中の私>

 本日二ヶ所目の調査先は、横手市の市立大森病院。自治体優良病院として平成19年度全国自治体病院協議会等会長表彰を受賞した同病院の運営状況と、先ほど調査してきた秋田県が開発した診療情報共有化システムの試験運用状況について調査してきました。同病院では、午後5時から7時まで、夕暮れ診療を行なうなど、住民の利便性に配慮した診療にも取り組み、一定の成果を出していました。

<ITを駆使した診療情報共有化システムを実際に使い、診療情報を照会する作業を見学する委員たち>

 産科医が不足している遠野市が取り組むモバイル健診が今、全国的に注目を集めていますが、このIT技術は今後医療の姿を大きく変えていく予感を改めて感じさせられました。

 今夜は、秋田市泊まりです。きりたんぽ鍋をつつきながら、最近自分の中で自問自答している死刑制度の是非について議論してきました。死刑制度に対する考え方は、『生と死』に対するその人の根本的な人間哲学を表しているような気がしてなりません。自分の中で結論は出ているのですが、すごく深いテーマで、どんどん深みにはまっていきます。ちなみに私は学生時代から今も変わらず死刑廃止論者です。


5月26日(月)

『政治家に向いてない』

 今朝は、松園町交差点で街頭演説をやりました。今日は午後から、第12回議会のあり方調査特別委員会が開かれました。当委員会は、議会基本条例の制定を目指し設置されたわけですが、本日の議題は、条例の魂部分と言ってもいい、「前文」と「基本理念」について。各会派が出した案について議論を交わしました。我が会派の素案は私が書きましたが、基本理念に書き込んだ「近接制の原理」について、他会派のみなさんから様々ご意見をいただきました。地方分権を考えるときに大切なことは、政策を決定する権力者と、主権者である住民との距離感だと思います。

 「なぜ、地方分権をしなければならないのか」と住民に問われたとき、私はこう答えています。「政策を決定する権力者と、主権者である住民のみなさんとの間にある距離が近ければ近いほど、みなさんの暮らしという実態に即したいい政策につながっていくし、もし何かおかしいな政策決定があれば、住民がすぐに気付いて正すこともできます」。これが、近接性の原理と言われる考え方です。地方分権時代にふさわしい議会の基本的あり方を定めるのが議会基本条例ですが、近接性の原理は外せない重要なポイントだろうと思います。

 住民のみなさんにとって、議員とは一体何でしょうか、議会とは一体何でしょうか。正直、議員をやっている私自身、ときどきこの自らがやっている仕事の意味についてよく分からなくなるときがあります。分からなくなるのですが、これだけは思います。今のままの地方議会、地方議員であってはならないと。地方分権が進み、住民自らが地域を治める「住民自治」が充実してくると、それに適合した議会が必要となりますが、今の議会は適合しているとは言い難いものがあります。県民の代表機関である県議会と県民のみなさんとの距離は、あまりに遠すぎるような気がしてなりません。

 この距離を縮める努力を議会はしなくてはなりません、だからこそ議会基本条例を定めるわけですが、一方で、県民の側も変わらなければならないと思います。選挙で選んで後はどうぞお任せ白紙委任という態度では、この距離は縮まりません。政治に参加することで距離を縮める努力が県民に問われています。その参加する道が今は限定的なので、そこを議会はもっと開かなくてはなりません。今月の14日14時から、まなび学園で議会基本条例を考えるシンポジウムが開催されます。私もパネリストのひとりとして参加します。地方分権時代に求められる議会とは何か、議員とは何か、みなさんと共に考えてみたいと思います。是非、多くの方にご参加いただき、ご意見を聞かせていただきたいと思います。これもある意味ひとつの政治参加ではないでしょうか。

 議会から事務所に戻ると、昨日の宮古集会の参加者からメールが届いていました。選挙区外なのにわざわざ宮古まで来てもらってありがとうございました、という趣旨の内容でした。私は初めての選挙のとき、有権者のみなさんに約束したことがあります。「県議会議員は、県民全体の利益を考えるのが仕事です。なので、選挙区外のことであっても優先順位が高ければ取り組みます。逆に、たとえ選挙区のことであっても優先順位が低ければやりません」。この約束があったので、当選後、地元花巻の経済界・建設業界が求める空港新ターミナルビルの建設に反対し、三陸の住民のみなさんが心配する六ヶ所村再処理工場の問題に取り組んでいます。

 この私の政治姿勢について、ご批判をいただくこともたくさんありますが、選挙のときに有権者のみなさんと約束し、その私を選んでいただいた以上、ぶれずに貫きたいと思います。議員になってすぐ、親しくしていた江刺市議会議員の先輩から議員必携という本をもらいました。議員の仕事のイロハについて書いてある本です。その中に、「議員の心構え」という項目がありました。その第一に書かれていたのが、「住民全体の代表者である」でした。今日、久しぶりに本棚から引っ張り出して改めて読んでみました。

<結び 地方議会の当面の課題と議員の心構え>
三 議員の心構え
1 住民全体の代表者である

 「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」。憲法第一五条のこの規定は、議員という公職に身をおく者の心構えの基本をうたったもので厳粛に受けとめるべきである。(中略)議員は、地域や団体の利害に関連する問題について、町村全体の立場と、地域や団体の立場なり個々の住民の立場の板ばさみになって悩み苦しむこともあり、また、いろいろな事業の実施や施設の設置をめぐって、地域住民や団体の利害損失がからんで重大な決断を迫られることがある。そのような場合、序章の議員の職責で述べたように一般的意思すなわち町村全体の立場立つ議員として、勇気をもって住民全体の利益を選ぶべきものである。昔の格言に「迷ったときは、己が損をする方を選べ」というのがあるが、選挙をする立場上、ややもすれば地域や一部の利害に目が向きがちである議員にとって、学ぶべき格言といえる。(「議員必携」326ページ)

 先日、酒の席で年上の議員と「政治とは何か」を議論していて、私は政治家向いていないと言われました。「政治とはこんなもんだ」という割り切りがないと物事は前に進まない、というのが理由でした。選挙区への利益誘導も、おそらくこの「政治とはこんなもんだ」に入るのでしょう。ならば私は、割り切りたくありません。たとえ政治家に向いていないと言われようとも、「政治とはこんなものだ」と割り切りたくない。むしろ、そこに挑みたい。「政治とはこんなものだ」という従来の既成概念を破りたい、そう思います。

 今日は何かと政治について考えさせられた一日でした。


5月25日(日)

『未知の活断層』

 昨日は、花巻養護学校を始め、市内の小学校の運動会をいくつか回ってきました。夕方、イトーヨーカドー前、アルテ前で街頭演説をやり、夜は太田で若くして百姓をやっているNくんの田植えが無事に終わったということで、若い仲間とおしかけ、バーベキューをやってきました。素焼きしたアスパラが最高においしかったです。今日は午前中に最後の田植えを手伝いに行く予定でしたが間に合わず、結局、こうして夜の宴だけ参加させてもらい申し訳なかったです。ばつが悪そうにしていた私に、Nくんの奥様がポツリとひと言。「今年だけじゃないから」。来年こそはちゃんと手伝いに行かせていただきます。カエルの大合唱の中、庭で近所の子どもたちと遊んだサッカーは爽快でした。ただ、スーツだったので、買ったばかりの新しい革靴が泥まみれになったことは誤算でした。

 帰り道、タクシーの運転手さんに、田植えが終わった後の宴を「さなぶり」と言うことを教えてもらいました。田植えが終了したことを神に感謝し、また手伝ってくれた近所の人たちに感謝し、かつてはあちこちの公民館でこの「さなぶり」をやってたんだそうです。ただ、最近では、稲作技術の進歩によってきつい田植え労働から開放されてきたことで、だんだん「さなぶり」も低調となってきているようですが・・・。太田から花巻に戻ってきて、最後は私が所属する消防団の新入団員歓迎会に参加してきました。新入団員は、若くて粋のいい今どきの若者でした。我が消防団もなり手がいなくて困っていたので、本当に喜ばしかったです。

 今日は、宮古市で開催された『豊かな三陸の海を守る市民集会in宮古』に来賓として出席し、挨拶してきました。300人の席がほぼ埋まって、立ち見も出る大盛況でした。ちょうど今朝の新聞報道で、六ヶ所村の再処理工場の直下に、未発見だった活断層がある可能性が高いとの研究をある大学の先生がまとめたという記事が出ていました。マグニチュード8級の地震が起こる恐れがあるとのこと。穏やかではありません。これが事実であれば、大事です。再処理工場の耐震安全性の問題については、私も昨年12議会の一般質問で取り上げました。いずれ、今回の研究結果は本格稼動に大きな影響を与えることになるでしょう。おそらくは風向きが変わります。再処理工場の問題は専門的で理解が難しいところがありますが、今回の活断層の問題はわりと分かりやすい、関心を持ちやすいので(まして中国で大地震があったばかりなので)、これをきっかけにもっと多くの人々に再処理工場に関心を持ってもらい、目を向けてもらいたいです。


5月23日(金)

『ヤンキー県政報告会』

 昨夜は、北花地区環境衛生協議会の総会後の懇親会にお邪魔させていただき、その後、JC(青年会議所)の拡大委員会に出席してきました。寝不足に加え、すっかりお酒が入っていたせいか、委員会の静粛な空気が眠気を誘い、不覚にも居眠りしてしまいました。その後、いろいろと相談事があり、若い仲間とレバ刺しをつまみながら、2時まで飲んでしまいました。平泉の世界遺産登録に大きな影響を与えるイコモスの勧告が深夜には出るはずでしたが、帰宅後もまだ判明せず。朗報を期待しつつ、ベットに入りました。

 明け方の4時過ぎ、知人から携帯にメールが・・・。「登録延期」の4文字。心配していた事態が現実となってしまいました。勧告の内容を読む限り、かなり厳しい情勢ですが、7月の世界遺産委員会での逆転登録を目指し、仕切り直して、がんばるしかありません。残り時間を考えると、昨年、逆転登録を勝ち取った石見銀山同様、「平和」をキーワードにいかに大胆な戦略転換をはかれるか、その際、合わせて9つの構成資産の再検討にどこまで踏み込めるかがポイントになるでしょう。これは、私たちにとっては、いかに浄土思想へのこだわりを捨てられるかという極めて難しい問題でもあります。グローバルスタンダードにある程度譲歩し、早期の世界遺産登録を目指すのか。それとも、あくまでローカルスタンダードにこだわり、もう少し時間をかけてその価値を世界に伝えていくのか。大いなるジレンマを抱えることになってしまいました。

 今夜は、いよいよヤンキー県政報告会です。直前、コナカ前で街頭演説をやり、気合いを入れて会場入りしました。場所は、養老乃瀧。続々と集まる元ツッパリの先輩方。工事現場から直接やってきた作業着姿の方や立派なリーゼントできめかけてきた方、お昼から飲みっ放しですっかりお酔いになられた方々もおりました。総勢30名の元ツッパリのみなさんを前に、30分間お話させていただきました。街頭演説で鍛えているので人前で話すことはあまり苦でないはずの私。これまでほとんど緊張したこともないのですが、今夜は変な緊張をしました。みなさんと目を合わせられず、壁を見てひたすら熱くしゃべりました。なぜ政治家を目指したのか、なぜ若者に政治に関心を持ってもらいたいのか、若者の意識が変わらなければ日本の未来はない、といったような話を駆け足でさせていただきました。みなさん、最後まで黙って話を聞いてくれ、ありがたかったです。

 その後は、膝を交えながら、1人ひとりとざっくばらんに話をしてきました。

先輩:「おい、マニフェストって何だ?」
私:「みなさんとの約束のことです」
先輩:「じゃあ、約束破ったら、ユンボで埋めっからな!」
私:「・・・・・・」

 こんな具合に楽しくもあり、恐ろしい会話が続きました。将来老人ホームをやりたいという夢を語ってくれた先輩、年金がちゃんと出るようになんとかしてもらいたいと老後を心配する先輩、今度は自分の地域で若い人間を集めるからまた県政報告会をやってよと誘ってくれた先輩、公共事業のあり方について納得できないと意見をぶつけてくれた先輩、政治のことは難しくて分かんないけど次までしっかり勉強してくるからまた話そうと言ってくれた先輩、俺たちみたいな人間に政治の話をしてくれるやつはいないからよかったぞと褒めてくれた先輩、人には大きな声で言えない夫婦の悩みを吐露してくれた先輩・・・。

 みなさん花巻をよくしたい!という気持ちは一致していました。自分が思うことを素直に話してくれ、また私の話をじっくり聞いてくれ、とてもうれしかったです。今どきの冷めた若者の中で話すよりも、ぜんぜん話しやすかったです。なぜでしょう。おそらく、みなさん飾らない人で、ありのまま自然体で生きている人たちなので、なんというか気持ちいいんですね〜。それに熱いし、温かみを感じる人なんです。何より、やっぱり同じ若い世代と語り合うのはいいものです。若者に政治に関心をもってもらうシリーズ第一弾は大成功でした。若者のと対話は、公民館より居酒屋ですね!結局、今夜も2時近くまで飲んでしまいました。最近、飲み会続きなので、体調管理に万全を期したいと思います。ちなみに、まだ2リットルの水は毎日飲み続けています。体重も9キロ減のままキープ。代謝がずいぶんよくなったような気がします。


5月20日(火)

『声が出ない・・・』

 今朝は風邪ですっかり声がかすれてしまい、というか声をふりしぼってもほとんど出ない状態だったので、街頭演説をお休みしました。久しぶりの大雨だったので、やる気満々でしたが、声が出なくてはどうしようもありません。

 昨日は午後からびったり県議会の会議室にこもって、「いわての水を守り育てる条例」の第11回検討会をやってきました。議員提案条例ですから、なぜこの条例をつくるのかという条例の前文に魂を込める作業を延々やりました。格調高い条例に仕上げていきたいです。ちょうど昨日の毎日新聞朝刊で、水の重要性などを明記した水基本法制定を目指す国会の超党派議員らが「国民会議」を来月設立するという記事が出ていました。まさに私たちが今検討している条例とかぶる内容でした。今後2年間で意見集約して法制定を目指すようですが、岩手では国に先んじて今年度の制定を目指しています。

 今日は日中、病院に行ったり、来月開催する議会基本条例を考えるシンポジウムの打ち合わせをしたり、おとなしく屋内で安静にしていました。ところが夕方になり、なんだかムズムズ。外は雨もあがったようだし、声も出るようになったので、アルテ前で街頭演説をしてきました。

 夜は、第189回の県政報告会を坂本町公民館でやりました。地元ということもあり、参加者が11人と久々に2ケタの大台にのりました。この公民館の目の前にある塾は、中学時代に通った塾で、その塾の先生が公民館長さんです。中学一年の頃、塾の隣にあった畑をぐるっと囲んでいた「ばらせん(鉄条網)」に自転車の手放し運転で突っ込み、左手の甲を10針縫ったこともありました。思い出いっぱいの場所での報告会に気合いが入ったのはいいもの、話すにつれ、声がかすれ始め、最後はがんばっても声が出ない状態になって終わりました。選挙のときよりひどい感じです。やばい・・・。あさっては、元ヤンキーのみなさんとの県政報告会です。


5月18日(日)

『脱皮』

 今日は五月晴れの素晴らしい天気でした。午前中は長靴を履き、毎年この時期恒例の『わたぼうし農園』の農場開きに参加してきました。晴天の下、障がい者やそのご家族、地域住民、地元小中学校の子供たちと一緒にサツマイモの苗を植えてきました。お昼は、これまた恒例の市民茶会に出席してきました。いつも終了ギリギリだったので参加者も少なくスムーズに茶室に入ることができましたが、今日はちょうどお昼どきに行ったため、ものすごい混雑でなんと1時間待ちでした。予約だけして、外でひと仕事して、一時間後戻ってきて、今回は洋室でお抹茶をいただき、オモテナシの文化を堪能してきました。正座じゃないの楽でよかったんですが、気持ち的には今ひとつでした。

 それから急いで大迫の内川目小学校に向かい、地区の大運動会に顔を出してきました。去年は前日の雨でグランドがぬかるんでいましたが、今年は天気にも恵まれ、最高のコンディションでみなさん気持ちのいい汗を流していました。でも、あれですね。運動会は見てるより、出る方がいいですね。ただ見てるのは退屈で仕方なかったので(しかも来賓席はテントの下なので日当たりが悪い)、鉄棒して遊んできました。

 夕方から、銀河モール前、南城のサンデー前で街頭演説をしてきました。たくさんの方にご声援をいただき、変わらずに応援してくれることに改めて感謝しました。今日は天気がよかったのでクールビズで過ごしましたが、毎日の辻立ち、連日の土いじり、100ウォークで日焼けし、腕と首の皮がすっかりむけてしまいました。脱皮したので、明日からまた気持ちを新たにがんばります。さて。今夜はこれからGW24時間100ウォークの打ち上げです。何度か個別に打ち上げみたいなことはやってましたが、今夜はみんなが集まっての正式な打ち上げです。秋のリベンジに向けて、気勢をあげてきたいと思います。


5月17日(土)

『2年目の畑』

 せっかく足が完治しかけていたのに、昨夜調子に乗って8キロ歩いて帰ってきて、また足を痛めてしまいました。しかも昨夜は革靴でした。1ヵ月ほど前に志戸平温泉まで革靴で歩いて車を取りに行ったときも足を痛めました。学習能力ゼロ。ほんとうにバカじゃないかと自分でも思ってしまいます。分かってるんですが、今回は大丈夫だろうとどこかで高をくくってしまいます。そんなわけで今日も一日足を引きずって歩いてました。

 朝から、桜台小学校の運動会を皮切りに、市内各地で開かれた運動会をいくつか回ってきました。我が母校桜台小学校の最初のプログラム、応援合戦では昨年に引き続き審査員をつとめさせていただきました。結果は、5対0で、白組の勝ち。なんだかのっけから完敗した赤組が気の毒でした。私ひとりくらい赤に軍配をあげてればよかったかな〜と思う反面、でも白は元気だったし勝負だから仕方がないと自分に言い聞かせました。今日は時間を縫って、今シーズン初の畑作業に精を出してきました。今やプロ並の腕を誇るミカ姉の畑づくりを真似しながら、鍬で土を盛り、その上にビニールシートを引き、ジャガイモとネギなどの野菜を数種類植えてきました。さあ、今年はどんな野菜ができるやら。

 夜は、花巻市のブナ原生林に守られる市民の会、創立20周年記念祝賀会に出席してきました。会の名前を『守られる』としたところにこだわったようですが、素晴らしいセンスだと感心します。よく、「地球を守ろう」とか「Save the earth」と耳にしますが、我々人間が地球を守ろうなどというのは実にごう慢なことです。温暖化が深刻になって困るのは我々人類であって、仮に人類が滅びても地球はビクともしません。環境への意識がまだ低かった20年前にこのような謙虚な名称をつけることができたのは、やはり会のメンバーが宮澤賢治を生んだこの花巻の地で育ったゆえでしょうか。

 私はゴールデンウィークに初めて花巻のブナ原生林を見ました。ブナの原生林と言えば白神が有名ですが、あんな遠いところまで行かなくても、こんなに近いところに素晴らしいブナの原生林があったことに驚き、そしてこのブナの森を守ってくれたブナの会のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいになりました。白神にしても、屋久島にしても、知床にしても、高度経済成長期から続いた経済優先という時代の風に流されずに、勇気を持って行動したからこそ、貴重な自然が残り、世界遺産に登録されることにつながりました。花巻のブナ原生林は規模が小さく、とても世界遺産ということにはなりませんが、それでも同じぐらい価値のあることだと思います。


5月16日(金)

『平泉は究極の地元学』

 火曜、水曜と2日間に渡って、平泉世界文化遺産推進調査特別委員会で現地調査に行ってきました。集団行動が大の苦手なので、40数名の県議団でぞろぞろ歩くのは息が詰まりそうでした。が、中尊寺しか見たことがなかった私にとって、自らの足もとにある文化資源に目を向けるいい機会となりました。私はTBSの『世界遺産』が始まったときからのファンで、学生時代はマチュ・ピチュ歴史保護区、クスコ市街、リマ歴史地区、アユタヤの歴史都市と関連する歴史都市群、万里の長城などの世界遺産を見て回ってきました。どの遺跡もパッと見て、視覚に強烈に訴えてくるものがありましたが、それに比べ、今回世界遺産登録を目指す平泉の『浄土思想を基調とする文化的景観』は、ひとことで言えば理解が難しい。ボランティアガイドさんの説明を聞いていても、消化不良気味でした。

 来週、
イコモス(国際記念物遺跡会議)の勧告があります。この勧告は、世界遺産登録の可否を最終的に決定するユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会に大きな影響力を持つため、評価の行方が注目されています。関係者の話を総合すると、今のところ、情勢は五分五分といったところでしょうか。本県は、この平泉の世界遺産登録を起爆剤に観光の振興をはかろうという狙いで、今年度予算に関連事業として手厚く予算配分しています。もちろん登録されることを祈ってやみませんが、仮に駄目だったとしても、それほど落ち込む必要もないと考えています。なぜなら、登録を目指してきた過程で、私たちは足もとにあるこの素晴らしい文化遺産を改めて掘り起こし、見つめ直すという究極の地元学を実践することができたのですから。まして、世界遺産本来の趣旨が商業主義にないことを考えればなおさら落ち込む必要などないと思います。

 昨夜は、来週に予定しているヤンキー県政報告会の打ち合わせをやってきました。正確に言えば、元ヤンキーのみなさんです。かつて中学時代に学校で相当やんちゃをしていた元気なお兄さんたちですが、選挙のとき、ずいぶん応援してもらいました。見た目は今もかなり怖いみなさんですが、仲間との絆を大切にする熱い人たちです。せっかく応援してもらったので、選挙のときだけということではなく、私が日頃議会で何をしているのか知ってもらい、またみなさんに日頃感じていることをぶちまけてもらいたいと思い、この企画を思いつきました。若者に政治に関心をもってもらうシリーズ第一弾でもあります。昨夜の打ち合わせには、7人も来てくれました。昔は、恐れ多くて話かけることすらできなかった先輩方を目の前にし、すっかりあがってしまった私。いつもの倍速で飲みましたが、まったく酔えませんでした。さて、どんな報告会になるのか、楽しみ半分、怖さ半分です。

 今夜は、花巻工業クラブの総会が花巻温泉でありました。懇親会からの参加になりましたが、最後までお付き合いさせていただきました。帰りは、歩いて帰ってきました。7、8キロといったところでしょうか。足もすっかりよくなったので、これからは秋に向けて、ちょくちょく歩きたいと思います。


5月13日(火)

『もしも総理大臣だったら』

 昨夜はやっぱりドラマを見れませんでした。キムタクの総理大臣は見れませんでしたが、その代わり、「もしも自分が総理だったら日本の農業をどう立て直すか?」という話で盛り上がってきました。日頃、農家を回っていると、暗い話をするおじいちゃん、おばあちゃんが多いです。もうなんともならないと、あきらめてしまっているような感じを受けます。でも、農業をやっている人たちが下を向いてばかりでは、果たして農業をやってみようという若者が出てくるでしょうか。農業をやっている人たちが希望を持てるようにするためにはどうすればいいのか、日本の食糧自給率を上げるためにはどうすればいいのか。せっかく振興局の若手職員4人、農業で食べている若者3人が集まったので、「自分が総理大臣だったらこうする!」というお題で、1人ひとりに夢を語ってもらいました。とても前向きないい会合でした。

 その後2件目は、例によって、100キロウォークの話でまたまた盛り上がってきました。高校時代に24時間100キロを経験したことがあるカズ兄は、今回所用のため参加できませんでしたが、次回は必ず参加するとのこと。また今回、完歩したKくんの小学生になる息子もパパに「参加したい!」と言ったそうです。小学生に負けたらそれこそシャレになりません。プレッシャーです。

 今朝は、駅西口岩銀前で街頭演説をやりました。今日はこれから平泉世界文化遺産推進調査特別委員会の現地調査のため、一泊二日で平泉に行ってきます。


5月12日(月)

『CHANGE』

 今朝は、晴れ渡る青空の下、一日市商店街、西宮野目ファミリーマート前、金婚亭前交差点、二枚橋商店街で街頭演説をやりました。午前中は、岩手県理容生活衛生同業組合花巻支部の通常総会に出席。昨年に引き続き、祝辞でご挨拶させていただきましたが、冒頭、昨年の総会の挨拶における「虎刈りになるのが怖いので床屋さんには行かない」という私の不見識な発言について、お詫びしてきました。中学時代に授業をサボって時間をつぶしていた床屋さんのおばちゃんがいたので、その時代のノリで半分冗談で話してしまいましたが、冗談が過ぎました。公職の身ですから、今後は、言葉に十分注意したいと思います。今日は懇親会までガッチリお付き合いさせていただき、組合員のみなさんと意見交換してきました。

 今夜からフジテレビの月9でキムタク主演の新ドラマ『CHANGE』が始まります。キムタク扮する小学校教諭が総理大臣になるという話ですが、政治ドラマはヒットしないというジンクスを天下のキムタクが打ち破れるか、興味があるところです。日頃、若者に政治に関心を持ってもらいたいとの思いで取り組んでいるわけですが、その難しさを痛感する毎日です。以前から、「キムタクが政治家やるドラマとかやってくんないかな〜」と他力本願に考えていた私にとってはまさに渡りに船。このドラマが、若者が政治に目を向けるひとつのきっかけになることを期待したいです。

 第一話を是非見たいところですが、今夜はこれから農政に携わっている県庁の若手職員と、同じく農業を仕事としている若い仲間との『農業を熱く語る会』に行ってくるので、たぶん見れないな〜。


5月10日(土)

『ドラマ100キロウォーク』

 今日は午前中の予定が急遽キャンセルになり時間ができたので、阿川弘之の『米内光政』を事務所のソファーに寝っころがって読みました。帝国海軍最後の海相となった郷土の偉人ですが、恥ずかしいことにほとんど何をした人か知りませんでした。母校が立つ高台に桜雲台と名付けたことは知っていましたが・・・。面白くて一気に半分読みました。お昼過ぎからイトーヨーカドー前で街頭演説をやり、午後は花北コミュニティ会議の総会に出席。住民自治を取り戻す先進的な取り組みとして注目される花巻市の『小さな市役所』の主役がそれぞれの地域に設けられたこのコミュニティ会議ですが、これからの地域づくりを考えるこの場に若者の姿がないのはなんだか物足りない感じがしました。懇親会では、どうやって若者を巻き込むか、若者の地域参加について語り合ってきました。

 夕方から所用で大迫に飛び、花巻に戻ってきてから、銀河モール前、南城のサンデー前で街頭演説をやりました。

 さて、先日の24時間100キロウォーク。盛岡チームから写真が送られてきたので、汗と涙の道中の一部をお見せしたいと思います。連日のように100キロウォークネタを日記に書いていたら、「ずいぶん引っ張るね〜。しつこい」と言われてしまいましたが、それだけめちゃくちゃ濃い体験でした。そんな一日や二日で忘れられるものではありません。引っ張るだけ引っ張りたい、いっそのこと秋のリベンジまで引っ張ろうと思います。最近は、一緒に歩いた仲間と会うとこの話ばっかりです。飲みながら話していると、100キロネタだけで4、5時間平気で過ぎてしまいます。秋の100キロウォークには、なんとすでに30人近い志願者が集まっているとのこと。実行委員会を立ち上げ、大々的にやりたいと思います。


4日8時50分 一関駅前で出発式に臨む我が花巻チーム(平均年齢28歳。私が最年長ということもあり、ちょっと不安げな表情)


4日11時05分 10キロ地点。平泉への国境越えを果たし、意気揚々と歩く最年長コンビ(一見笑顔でわきあいあいと歩いてますが、同じ年齢ということもあり、彼だけには負けるまいと内心闘志を燃やしてました)


4日12時45分 18キロ地点。最初の休憩地点となる前沢町ファミリーマト目前(みんな笑顔。天に人差し指を突き上げる余裕がありました)


4日15時10分 30キロ休憩地点。奥州市水沢ローソンにオーバーペースで到着し、体をケアするイケイケ花巻チーム(お腹を下した私が急いでトイレを探し歩いたことがオーバーペースの理由でした)


4日17時20分 40キロ休憩地点。北上市アルカディア看板前サンクスにぶっちぎりで到着する花巻チームの2トップ(青いTシャツの男が問題のタカオです。このあたりは、まだタカオのへらへらトークに付き合う余裕がありました)



◆◆◆この後は、お見せぐるしい写真しかないので、飛ばします。ほとんど鬼の形相で歩いてる私。とても公開できません。あしからず◆◆◆




5日8時30分 100キロゴール地点。最年長コンビの彼が見事ゴール(悔しさと恥ずかしさで顔を合わせたくない気持ちもありましたが、実際にふたりがゴールする姿を見たらカッコ良すぎて、泣けてきました。カナメくん、タカオ、あんたら大した奴だ!)


5日9時15分 互いにがんばりをたたえ合う花巻チーム(おめでとう!と祝福してみたものの、やっぱり自分に納得できずにうなだれる私。もう一回やるかどうか迷ってるけどあまりにもつらかったから言い出せずにいる。その隣で満面の笑みでピースするのは完歩したカナメくん。くそ〜、悔しいけど、いい表情してんな〜。さらにその隣で行儀良く体育座りのゆたっぺは放心状態?)


5日11時30分 赤湯温泉で打ち上げ。ひとっぷろ浴びて、感動の生ビール!のはずが、苦い生ビール。(アルコールの勢いでまたしても「もう一回やるか!」と言ってしまい、目の前に座るゆたっぺに再チャレンジを迫り、握手を求める切り替えの早い私。隣で大口を開いて笑っているのは完歩したカナメくん。うらやましい・・・。再チャレンジをためらっていたゆたっぺから二日後、メールが届きました。「俺歩きます」。)

 これは100キロのドラマのごくごく一部です。クライマックスの70キロからは、あまり写真が残ってませんでした。写真を撮るどころではなかったんだろうな〜。70キロ先は写真や言葉では説明できません。実際にやってみないと分かんない。でも、ここが一番盛り上がるドラマの見せ場です。いずれ、完歩できなかったけど、めちゃくちゃ楽しかったです!俺、生きてるなーっていう実感というんでしょうか、とにかくたまりませんでした。この喜びを味わいたい方は是非、秋に一緒に歩きましょう。


5月8日(木)

『交通違反』

 今朝は、吹張町商店街、上町商店街で街頭演説をやりました。今日は、かなり凹むできごとがありました。日中、車で近場まで移動中、シートベルトをするのを忘れていて、警察に捕まってしまいました。忘れていたというのは言い訳ですね。近場だからいいかという気持ちがあったことは否めません。完全な気の緩みです。婦人警官に「ご職業は?」と聞かれ、「県議会議員です」と答えるのが、なんともバツが悪かったです。2年前の県議補選の直前に信号無視でつかまって以来です。ゴールド免許を目指し、無事故無違反を続けていましたが・・・。お恥ずかしい限りです。二度と交通違反を犯さないように、自分への戒めとして、警官から渡された違反の告知票を車に貼りました。

 今日も一日足を引きずって歩いてました。日に日に悪化してるようです。年ですかね。今夜は、JCの新入会員セミナーです。


5月7日(水)

『南部屋敷のミソラーメン』

 今朝は、一日市商店街、松園町交差点、浅沢鳥海神社前、椚の目交差点で街頭演説をやりました。午前中は、マルカンさんの葬儀に参列してきました。会場は、文化会館の大ホール。1000席では足りず、中ホールも使ったようでした。弔辞は8人。マルカンさんの偉大さが伝わってくる立派な葬儀でした。

 お昼は、忌々しい記憶を乗り越えに、花巻の南部屋敷で食べてきました。リタイヤした矢巾の南部屋敷も苦い思い出ですが、50キロ地点の北上の南部屋敷でも臭い思い出があります。余裕をかまし終始ヘラヘラしていたタカオが休憩時間に、ブルーシートに横になって体を休める私を横目に南部屋敷へ。こっちはバナナすら喉を通らない状態なのに、タカオはなんとミソラーメンと餃子とライスを平らげて戻ってきました。タカオと共に再び歩き始めると、ニヤニヤしながらしゃべるタカオの息がニンニク臭くて、やたらと腹が立ちました。その忌々しい記憶を乗り越えるべく、大盛りミソラーメン、餃子、ライスを平らげてきました。

 体が疲れ、あちこち痛み出すと、まったく余裕がなくなり、イライラしてばかりいましたが、今振り返ると、人間小さかったな〜と思います。みんなもそれぞれ疲れと痛みに耐えながら歩いてはずですが、私より年下のMくんなどは、リタイヤする最後まで笑顔を絶やしませんでした。その意味で、タカオも大物だったということになります。今回、完歩したカリスマ美容師にいたっては、「ゴールしても感動も喜びもなかった。むしろ悔しかった。なぜ悔しかったか考えてみた。道中、、誰一人にも励ましの言葉をかけてない、仲間が辛いとき一度も『「頑張ろう!』と言ってない。いつも、仲間に支えてもらってるのに、本当に情ない」と反省しています。さらに、「今回、自分は忘れ物をしてきた。次回、その忘れ物を取りにいってくる」と再チャレンジ宣言。あなたはカッコ良すぎます。

 私自身も、今回の100キロ行軍、まったく人のことを考えていませんでした。その結果、オーバーペースで自滅するどころか、他のメンバーのペースまで崩し、結果として5人がリタイヤしました。次回の24時間100キロウォークは、みんなで一緒に完歩することを目標に、力を合わせてがんばりたいと思います。

 夜は、商工会議所恒例の歓迎会に出席し、その後、双葉町で次の会合に出てきました。帰り道、遠回りでしたが、国道を歩いて帰ってきました。そう、ここは100キロウォークで通ったイバラの道!3日前の夜を思い出し、改めて悔しさが込み上げてきました。


5月6日(火)

『忌まわしき記憶』

 今朝は石鳥谷の朝市に顔を出してきました。ぷりっとした三陸の岩牡蠣を食べてきました。お値段、たったの100円。朝から得をした気分になりました。昨日100キロウォークを終えたばかりですが、思っていたほど、足にきませんでした。経験者から「翌日はまったく動けない」と聞いていましたが、意外に大丈夫でした。まあ、足は引きずりながら歩いてますが・・・、歩けることは歩けます。それよりも、自分に負けた心の傷は癒えません。70キロ地点から自分がリタイヤした80キロ地点まで走ってきました。もちろん、車で。で、自分に負けてサポートの車に乗った矢巾町の南部屋敷をこの目もう一度見て、脳裏に刻んできました。忌まわしき記憶がよみがえり、闘志に火がつきました。

 日中は、事務仕事をやり、夕方からイトーヨーカドー前、銀河モール前で街頭演説をやってきました。連休も今日で最終日。明日から気持ちを切り替え、仕事がんばります。


5月4日(日)

『24時間100キロウォーク』

 早朝4時、テントで目覚めました。小さなテントだったので、足を折り曲げた状態で寝ていました。なんだか疲れがとれず、さらにモッチーのイビキが激しかったので、熟睡できませんでした。今日は24時間で100キロ歩くという荒行に挑む日なので、早めに帰宅し、お風呂につかって疲れをとりました。6時から、今年最初の一日市商店街の朝市がありました。冒頭、来ていただいたお客さんにご挨拶をさせていただきましたが、もの凄い行列でした。そう、お目当ては、恒例の無料タマゴ配布サービスです。私の役目はこのタマゴ配り。300パックあったタマゴがものの5分でなくなりました。

 7時半。事務所に100キロウォーク挑戦の猛者たちが集まってきました。車でスタート地点の一関駅へ。高速を車で走っていて、これを歩いて戻ってくるのかと思うと気が遠くなりました。盛岡組と合流し、8時50分、出発式。9時、花巻の8名でエンジンを組み、いざ出発。盛岡2チーム、花巻1チームの編成で、24時間以内に盛岡に着くことを目指し、足取り軽やかにスタートしました。昨日と比べ、今日は曇りであまり暑くなかったので、とても歩きやすかったです。みんなでわきあいあいとおしゃべりをしながら楽しく歩きました。平泉は観光客でごった返し、いたるところ大渋滞でした。これも世界遺産効果でしょう。

 チームごとに歩くとは言え、やはり各々のペースがあり、進むに従ってバラバラになっていきました。30キロの水沢を過ぎ、金ヶ崎に入るころ、電話が入り、花巻チーム紅一点のYちゃんがリタイヤとの報告。さらに花巻空港付近でTくんがリタイヤ。みんなのペースを考えず、ひとり黙々を先を歩いた私に原因があったと反省しました。盛岡チームからも続々とリタイヤの報告がありました。先頭集団の花巻チーム6名は、50キロ地点の北上市薬王堂まで快調なペース。そのままいけば、23時間で完歩できるハイペースでした。私も50キロまではケロッとしていて、100キロ余裕でいけると高をくくっていました。が、この後、次第に膝と足の裏が傷みだし、やがて激痛に変わっていきました。70キロの休憩地点の石鳥谷町264号沿いファミリーマートでは立ち上がれず、言葉も出ませんでした。足の裏にも大きなマメができ、安全ピンでつぶしました。ちなみに、他のメンバーでは、マメをつぶしてさらにその上にマメができ、足の裏がぐじょぐじょになってる人もいました。この70キロがやはり鬼門になりました。

 75キロの紫波サンクスまでは、歯を食いしばりながら、なんとかKくんとTくんについていきました。途中、息苦しくなり、意識がもうろうとしました。このあたりの記憶はほとんどありません。休憩地点のサンクスで倒れ込み、毛布にくるまって動けませんでした。KくんとTくんは10分ほど休憩をとり、再び歩き始めましたが、私は起き上がることができませんでした。酸素入りの水を買ってきてもらい、飲みました。時間は深夜2時。30分ほど休み、再び起き上がり、歩き始めました。一度休むと、また歩き始めたときに激痛に襲われます。このときの激痛はひどかったです。ここまで時速5キロのペースを維持していましたが、ここから時速1キロのペースで、ほとんど足を引きずりながら歩きました。

 途中、歩道でうずくまっている私を心配し、通りがかりの酔っ払いやタクシーの運転手が声をかけてきましたが、返事もできませんでした。一緒に歩いていた2人と離れたしまってことで気持ちが一気に折れ、さらに痛みを激しく感じるようになりました。「リタイヤ」が頭をよぎりました。箱根駅伝で途中棄権したランナーを思い出しました。それでも、言いだしっぺの自分が途中でやめたらカッコ悪過ぎる、仲間も苦しみながらも歩き続けている、後20キロちょっとしかないと自分に言い聞かせながら歩きましたが、矢巾に入った80キロ地点で足もとがおぼつかなくなり、蛇行し始めました。サポートの車がやってきて、私にファイナルディシジョンを迫りました。迫ったのは、私の後援会長でもある小瀬川弘樹さん。ここで私は自分に負けました。車に乗り込み、そのままぐったりと倒れ込みました。3時半ぐらいだったと思います。タイムリミットまで5時間半を残し、80キロ地点でリタイヤしました。

 8時に目覚めました。正直、起きたくありませんでした。みんなに合わせる顔がなかったからです。でも、目が覚めました。花巻チームは結局、8名中6名が途中棄権。残った2人が、先頭でゴール地点に姿を現しました。同じくリタイヤしたYくんと一緒に、ゴールテープを持ちました。ふたりがゴールに向かって歩いてくる姿を見て、思わず涙ぐんでしまいました。感動で心が揺さぶられました。ふたりはタイムリミットまで30分を残し、堂々たるゴールでした。ふたりの名前は、高橋要くん、杉村たかおくんです。最後、走ってゴールテープを切りました。大した奴らです。同じ花巻チームとして誇りに思いました。と同時に、その中に自分がいなかったことが悔しく、そして自分に負けてしまったことにどうしても納得できませんでした。

 懇親会の赤湯温泉で体重を量ったら、4キロ落ちていました。完歩したタカオは、途中暴飲暴食を繰り返し、見ていて頭にくるほどでしたが、それをエネルギーに変え、歩ききったということでしょう。ちなみ、彼は体重が増えていたようです。ありえねえー。道中、タカオのハイテンションにイライラして、何度かキレてしまいました。追い込まれると、人間、本性がが出るんですね。完全に余裕がなくなり人に当り散らすという自分の弱さを目の当たりにしました。なぜ、自分に勝つことができなかったのか、風呂につかりながら考えました。準備不足、寝不足、ハイペースなど、いろいろと反省材料が浮かんできました。それも含めて自分の弱さ。「このまま自分に負けたままだとだと一生引きずる。もう一回挑戦したい」と思う自分と、「あんな苦しいのはもうゴメンだ。冗談じゃない」という自分が心の中で戦っていました。

 打ち上げの生ビール。感動の生ビールのはずが、苦い生ビールでした。やはり、どうにも納得できず、思わず、目の前にいるリタイヤしたふたりに、「このままで納得できるか」と聞いてしまいました。ひとりは「もう勘弁」とばかりに目をそらしたのですが、もうひとりのHくんが満面の笑みで「やりましょう!」とひと言。しかも、今回、私の執拗な誘いを断わり続け、サポートしかやらないと言い続けていた『小瀬川弘樹』さんが、「よしっ、やるべ!」。ということで、その場でリベンジ戦をやることに決定しました。日時は、9月20日〜21日。コースは未定ですが、ゴールは花巻にします。今回リタイヤしてしまった人はもとより、心から生きる喜びを味わってみたい、限界に挑んでみたい、感動してみたいという参加者を募集します。

 この24時間100キロウォークは、ひたすら自分との戦いだと思いました。正直、33年の人生で一番肉体的、精神的につらかったです。仕事でもない、テレビ中継されているわけでもない、歩き切ったら賞金がでるわでもない、リタイヤしようと思ったら、いつでもリタイヤできる、誰も文句は言いません。ただし、そのことに自分が納得できるかできないか、つまり最後は自分との戦いでした。私は自分に負けてしまいました。自分の弱い心を知りました。いろいろ自分に足りないものを教えてもらいました。これを克服し、秋の100キロウォークは自分に勝って、完歩したいと改めて決意しました。今回、20人の挑戦者を10人サポート部隊を始め、多くの人が支えてくれました。沿道に応援に駆けつけてくれた人、差し入れを持って激励に来てくれた人、本当にありがとうございました。2ヶ月前に酒の席でふたりで話したことが、こうして形になり、素晴らしいゴールデンウィークを過ごすことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。みんな、感動をありがとう!


5月3日(土)

『ブナ原生林に抱かれ』

 快晴に恵まれたゴールデンウィーク初日。『花巻のブナ原生林に守られる市民の会』事務局長のモッチー軍団(と言っても、ぜんぶで5人ですが)と共に、自然観察会に行ってきました。アルテで夜の宴の買出しをして、一路豊沢へ。豊沢ダムを過ぎ、なめとこ山を右手に眺めながら、快適ドライブ。30分ほどで、中山2号トンネル前の駐車場に着きました。目の前に広がる緑深き大自然のパノラマ。家から30分でこんな絶景を味わえるんですから、改めて、花巻に暮らせて贅沢だな〜と実感しました。さて、登山です。まずは、大空滝が見えるスポットを目指します。道中、環境マイスターのモッチーが、咲き誇る花々を解説してくれました。これもまた贅沢でした。山桜が満開で、少し遅いお花見も堪能できました。

 2時間ほど歩き、目的地に到着。玄米のオニギリを三つもたいらげました。食後、山道に大の字になって横になっていたら、あまりの気持ちよさで寝てしまい、イビキまでかいてしまったそうです。次に目指すのは、中山峠のブナ天然林。今日一番の目的は、このブナ天然林を見ることです。ブナ林と言えば、世界自然遺産に登録されている白神山地が有名ですが、花巻にもちゃんと残っていたんです、手つかずのブナ林が!1時間半ほどテクテク登っていくと、突然、あたり一帯にブナ林が現れました。あまりの美しさと感動のあまり、言葉を失いました。ブナの鮮やかな黄緑の葉っぱがまぶしく光り、そこから差し込む木漏れ日がまた最高。しばし、その場に座り込み、深呼吸を繰り返しました。実に贅沢な森林浴で、気分爽快になり、疲れが吹き飛びました。

 そこからさらに30分ほど残雪を踏みつけながら登ると、中山峠の頂上に出ました。ここからの景色がまた絶景でした。向こう側がの沢内村の集落も丸見えでした。頂上に立っていた一本のブナ。Nさんの「登りやすそうな木ね」の一言が私の中で眠っていた童心に火をつけました。木登りなんていつぶりでしょう。子どものころは木登りが大好きでしたが、果たして33歳となった今、登れるのか一抹の不安はありましたが、あれよあれよという間に登れてしまいました。峠のてっぺんにあるブナの木の上から眺める景色は、筆舌に尽くせませんでした。さて、登ったはいいものの、下を見てギョッとしました。調子をこいてかなり上まで登ってしまったらしく、高いのなんの。おまけに、モッチーが「ブナの枝は折れやすいから気をつけてね」などと脅すものですから、ちびりそうになりました。

 下山途中、大空滝が始まるところを見てきました。沢が突然なくなり、その先をのぞき込むと断崖絶壁になっていて、水が流れ落ちていました。大空滝は、遠くから眺めるか、滝つぼから眺めることしかできないと思っていたので、感動でした。無事に下山し、さあ夕飯の支度。モッチーのキャンプはなんとも野生的で、山から太い枝をふたりで担いできて、それをノコギリで切り分けて、本格的な焚き火をやりました。串刺しのジンギスカンを焚き火にかざしながら飲む缶ビールは、やばかったです。料理に使う水はぜんぶ沢の湧き水。パスタやポトフで腹ごしらえをし、後は満天の星空の下、ワインを3本あけました。どんな高級料理店にも勝るディナーでした。一日通してこんなに贅沢をしたのに、費用はたったの2000円。田舎はやっぱり素晴らしいです!



5月2日(金)

『ミニ産直』

 今朝は、花巻消防署前、花巻駅西口岩銀前、若葉町彩月前で街頭演説をやりました。すっかり初夏の陽気です。今朝も半袖でやりましたが、途中からわきが汗ばんできました。事務所に戻ってきてほどなく、今日も支援者のS翁がとれたてのアスパラを持ってきて、玄関先に設置したミニ産直販売所においていきました。太くてめちゃくちゃ甘いアスパラは大人気で、連日お昼前には売れ切れてしまいます。今年もその時々の旬の野菜を販売しておりますので、お近くに来た際には是非お立ち寄りください。ちなみに、あさっての4日は朝6時から今年最初の一日市商店街の朝市があります。

 さて、明日から連休です。みなさんはどのようにお過ごしになるでしょうか。私は、100キロウォーク挑戦や各種イベントがありますが、時間を見つけて畑仕事や読書でリフレッシュする予定です。さて、100キロウォークですが、歩く人とサポート部隊含めて30名近くになりました。各地の通過予定時間はこんな感じです。

<スタート>一ノ関駅(4日9時)
<20km>前沢ファミリーマート(4日13:00頃〜13:40頃)
<30km>奥州市水沢佐倉河店ローソン(4日15:10頃〜16:10頃)
<40km>北上市アルカディア看板前サンクス(4日17:20頃〜18:40頃)
<50km>北上市薬王堂((4日19:40頃〜21:10頃)
<60km>花巻市ファミリーマートサテライト石鳥谷前店(4日22:00頃〜23:40頃)
<70km>石鳥谷町264号沿いファミリーマート(5日0:20頃〜2:10頃)
<80km>矢巾口ローソン(5日2:50頃〜4:50頃)
<90km>盛岡市仙北町ローソン(5日5:20頃〜7:30頃)
<ゴール>盛岡市稲荷町喫茶店バンプス(5日7:50頃〜10:00)

 この地点で休憩することになります。みなさんの飛び入り参加、ご声援をお待ちしております。ほとんど練習してませんが、最後は精神力。気合いでなんとか完歩したいと思います。


5月1日(木)

『負担の配分』

 今朝は、花巻南温泉郷ファミリーマート前、笹間タクシー前、湯口郵便局前、滝ノ沢交差点で街頭演説をやりました。朝から暖かい天気だったので、衣替えにはまだ早いですが、半袖ノーネクタイのクールビズでやりました。ファミマ前で、近くの知的障害者授産施設で働く職員の方から、冷たいお水の差し入れをいただきました。

 さて、昨日、与党の衆院再議決で揮発油(ガソリン)税の暫定税率が復活しました。この道路特定財源の問題にしても、後期高齢者医療制度改め長寿医療制度についても、本質的な問題は同じじゃないかと思います。超高齢化を伴う人口減少社会、地球温暖化という構造的変化に直面する中で、これまでの我が国の豊さや安全、平和を今後も維持していくためのコストを、社会としてどのように分かち合っていくか、という問題です。

 負担増の話になると、必ず出てくるのが、税金の無駄使いです。もちろん、税金の無駄使いは正さなくてはなりません。しかし、この税金の無駄使いの問題と、負担と給付の見直しの問題はまったく別の問題であって、これをごちゃ混ぜにして考えてはならないと思います。仮に明日から税金の無駄使いが一掃されたとしても、社会構造の変化が及ぼす負担と給付のアンバランスの問題は根本的に解決されないのですから。税金の無駄使いを盾に、国民負担の問題から目をすらす(逃げる)国民、そしてそれを煽る政治は、結果として国民を不幸にすると危惧してしまいます。

 人口減少社会の到来によって、社会は今後縮んできます。行政も縮んでいきます。ですから、「負担は上げるな、でもサービス水準は維持しろ」というのは成り立ちません。サービス水準を維持するためには、負担を上げなければなりませんし、逆に負担増を受け入れらなければ、サービス水準を落とすしかありません。国家は割り勘。誰かが負担しなければなりません。自分だけ負担を免れようというのは通じません。拡大期における政治の仕事は「利益の配分」でしたが、これからの縮小期における政治の仕事は「負担の配分」なんだと思います。




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