高橋博之公式サイト
トップページ
プロフィール
日々是好日
いわて考
ぺっこらむ
こだわるにはワケがある
選挙報告
議会報告
視察報告
マニフェスト報告
県政報告会
ロスジェネフリートーク
壁に耳あり障子に目あり
マスコミ報道
サイトマップ
リンク
メール
バ〜バくん
日々是好日

10月31日(水)

『公害の原点』

 今日から環境福祉委員会の県外調査です。国会に寄ってから、羽田空港へ。他の常任委員会のメンバーと合流し、スカイネットアジア航空075便で鹿児島空港へ。そこからバスで熊本県水俣市に移動し、水俣市立水俣病資料館を見学してきました。公害の原点と言われる水俣病ですが、中学生のころ、教科書で勉強したことがあるくらいで、詳細についてはほとんど知りませんでした。時系列で展示されている当時の新聞記事や生々しい患者の写真は、水俣病の重い歴史を理解するのに十分過ぎるほどでした。人間の命よりも経済を優先させてきた日本の高度経済成長の影の部分が凝縮されているようでした。人口3万人の小さな町に、被害者と加害者が隣り合わせで暮らしていたので、住民は疑心暗鬼になり、地域社会が崩壊したんだそうです。そこから、環境を切り口に町づくりを進め、今ではゴミの高度分別(12種類)など、環境先進市の名に相応しい取組みを実践していました。環境でダメになった街が、環境でよみがえる。「うちは環境で生き残るしか道はない」という市長の言葉がずしりと響きました。

 現在、岩手県議会で「いわての水を守り育てる条例」の制定を目指し、検討を進めているところですが、改めて、水資源の大切さを感じさせられました。


10月30日(火)

『総務省へ』

 今朝は、胡四王一丁目交差点で街頭演説をした後、総務省での政和・社民クラブの会派研修のため新幹線で上京。東京までおよそ3時間。ふだんゆっくり資料を読んだり、考える時間がないので、貴重な時間です。午後2時から、総務省内で以下の三つのテーマについて、3時間ぶっ通しのレクチャーを受けてきました。

@地方重視の税対策について(総務省自治税務局企画課)
A公立病院の経営について(総務省自治財務局地域企業経営企画室)
Bブロードバンド環境の整備について(総務省総合通信基盤局電波部移動通信課)

 @では、地方法人税に比べて、景気に左右されにくく安定的とされる地方消費税の充実を図っていきたいとの説明がありました。また、先日の決算特別委員会でも取り上げた「歳出に税負担を連動させる本来の財政のあり方」について質問してきましたが、同じような問題意識を持っておられました。Bについては、ブロードバンド環境の整備と携帯電話の不感地帯解消について話を聞いてきました。私からは、限界集落などの過疎地域への投資効率について、若者の流出を伴う過疎化に歯止めをかける対策について、質問してきました。こうした地域における整備は、道路や橋といった既存の社会インフラ同様、利用促進といった需要の喚起も同時になされなければ、隅から隅までの整備は厳しいとのことでした。総務省の役人は説明が早くて、ついていくので四苦八苦でした。

 研修終了後、総務大臣室で、増田大臣と30分ほど懇談してきました。私はつい先日、大臣室で面会したばかりでしたが、大臣、そして他の政和会のメンバーは久しぶりの再会を懐かしんでおりました。おかしかったのが、みんな大臣を思わず「知事」と言ってしまうことです。習慣というのはなかなか抜けないものですね。国会での活動の様子など、大臣の近況についていろいろお話を伺い、また我々から県議会の状況について報告してきました。夜は、増田大臣を囲んでの会食。増田さんは酒を一滴もやりません。ばっと食べて話して、1時間ほどで仕事に戻っていきました。地方自治に精通しておられる増田さん、広がるばかりの中央と地方の格差是正(単なるバラマキではなく、地方自治体の裁量を拡大する方向で)への意気込みを感じました。霞ヶ関での評判も上々のようですが、いずれその手腕に期待したいです。


10月28日(日)

『秋晴れ』

 今日は朝から素晴らしい秋晴れでした。昨日に引き続き、各地で開催されたイベントに行ってきました。まず朝一で、イーハトーブレディース駅伝の開会式に出席。昨年は大荒れの天気だったようですが、今年はランナーも爽快な気分で走れたのではないでしょうか。市役所前をスタートして、花巻温泉がゴールというコースでしたが、汗をすぐに温泉で流せるのがいいですね。その後、母校の北中祭、東和町まほろば作業所のふれあいまつり、市民茶会と回って、夕方からアルテマルカン前で街頭演説をやりました。

 話は変わりますが、12月定例県議会で今年2度目の一般質問をやらせていただくことになりました。通常、各議員年に1回ペースなのですが、いろいろと事情が変わり、思わぬ形で2度目の登壇となります。一般質問の準備はかなりたいへんなのですが、せっかくいただけるチャンスなので、がんばりたいと思います。


10月27日(土)

『激烈トークに舌を巻く』

 最近、土日も目覚めが早いです。日報、日日、朝日、読売、毎日の5紙にざっと目を通し、たまっていた有権者からのメールに一気に返信。一通り事務仕事を片付け、いざ出陣。今日は、日程がてんこ盛りの一日です。町かど美術館アート@つちざわオープニングセレモニーに引き続き、ギャラリー・ツアー。実際に、商店街に繰り出し、空き店舗などに展示された作品をスタッフの解説つきで見て回ってきました。竹が奏でるオブジェや独創的な書など、しばし芸術鑑賞にひたってきました。小さな商店街にエネルギーがみなぎっていました。それから、花巻農協まつり、イーハトーブ療育センターふれあいまつり、花巻北中学校20周年記念の集い、「後川に清流を取り戻す会」秋の芋煮会、イトーヨーカドー前街頭演説、アルテ前街頭演説、花巻市特定課題懇談会(特別支援教育について)、桜雲同窓会花巻北支部総会・懇親会、第5回ロスジェネフリートークと、息つく間もない一日でした。各会場で都合4杯の芋のこ汁をいただき、お腹がたぷんたぷんでした。

 今日のロスジェネのゲストスピーカーは、株式会社エヌワイエスの中川良成社長。石川県生まれの中川社長は、今から23年前に花巻にやってきました。電気屋の屋根裏部屋からスタートし、今では東北を代表する家畜専門商社に成長。飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けています。持ち前の辛口トークが今夜も炸裂し、いつになく緊張感あふれる講演でした。「怒っている人、注意している人は、財産を分けている。それを盗めばいい。人に何か言われたときに、気付く人、気付かない人、その差が一生を決める」、「人から怒られたとき、マイナス思考からプラス思考に変えるスピード。人生、それだけだと思う」、「駄目なまち、駄目な人は、下から上を見る。上から下を見るべき」、「負けを認めないと成長はない。負けを認めたとき、対策を考える。ただし、完敗は駄目」、「消費税を上げるべき。道路をつくれ、橋をかけろ、でも税金はあげるなというのはおかしい」などなど、17人の参加者たちは中川語録にうなりました。

 中川社長の話を聞いていると、勉強ができる良い頭よりも、「根性」と「知恵」が大事なんだと、つくづく思い知らされます。今夜もまた、人生の大先輩から多くの知恵をもらい、覚醒した若者たちは、2次会も大いに議論しました。


10月26日(金)

『ふるさとシンポジウム』

 今朝は、花巻消防署前、桜台一丁目交差点で街頭演説をやりました。桜台で、内気な友人から久しぶりに差し入れをもらいました。その直前に目の前を通り過ぎていった元お嬢さん、すごかったです。軽トラックの窓から身を乗り出し、「がんばってねー」と大きく手を振ってくれました。迫力満点の声援でした。

 お昼に、地元の町内老人クラブの芋煮会にお邪魔して、ご挨拶してきました。一人ひとりお酌して回ったのですが、真昼間からお酒を飲めない私にひとり一品ずつお膳の品をくださり、20人全部回りきったときには、お腹がパンパンで動けませんでした。夜は、石鳥谷国際センターで開催されたふるさとフォーラム「みんなで政治に参加、考えませんか」にパネリストとして参加してきました。他のパネリストは、ひとりがJCで活躍する同じ歳の佐藤智栄さん、もうひとりが松下政経塾出身で私より4つ年上の千田勝一郎さん。町づくりについて、それぞれの立場から熱く語り合ってきました。会場からも鋭い質問が飛び、返答に窮する場面もありましたが、みなさん熱心に耳を傾けてくださり、とても有意義な時間でした。参加者のなかに若者が少なかったのがいつもながら残念でしたが。


10月25日(木)

『ケータイ珍事』

 今朝は、花巻駅前、御宿玉川旅館前、市役所前で街頭演説をやりました。市役所前で腹痛をもよおし、ガソリンもなかったので、上町のガソリンスタンドで給油がてら、トイレに駆け込みました。ズボンを下げた瞬間、悲劇が起こりました。携帯電話が便器に落ちてしまったのです。議会のトイレでも水没させたことがありましたが、今回の便器は旧式で穴が深い。ケータイの姿が見えないのです。一瞬ためらいましたが、意を決し、シャツの袖をまくり上げ、便器に手を突っ込みました。ひじまで水が浸かるほどの深さでしたが、指先でケータイストラップをつかみ、なんとか救出に成功しました。多少匂うものの、しっかり作動したので、一安心しました。ところが・・・。

 午前中、議会中で葬儀に出席できなかった支援者のお宅へお焼香に行ってきました。お線香をあげ、仏壇の前で神妙に手を合わせていると、突然、バキュン!という銃声が私のポケットの中から鳴り響きました。写メの撮影音でした。なんと、勝手にケーターイが写メに切り替わり、撮影していたのです。居間に移動してお茶をいただいているときも、バキュン、バキュンと連射。恥ずかしい限りでした。ケーターイが奇怪な作動をするとはいえ、トイレでの果敢な救助活動で一命をとりとめたかに見えていましたが、午後に入って、容態が急変。ボタンを押してもまったく作動せず、意識不明の重体に。ほどなく、電源まで切れ、心肺停止状態に。メモリーには800件あまりの電話帳データが入っているので、焦りました。

 上町のドコモへ緊急搬送し、甦生を試みたところ、なんとか息を吹き返してくれました。新しいケータイにデータを移し、ことなきをえました。帰り際、「お店にいらっしゃる前に事務所の方から電話がありました」とドコモショップの店員さん。急用を伝えたい事務員がケータイが不通だったので、ドコモショップに電話をしてきたようなのですが、なんとドコモショップに私と同姓同名の店員がいるようで、「外回りに出でいます」と店員が答えたとのこと。事務員は訳が分からなかったでしょう。この名前、多いんですね〜。

 夜は、第155回の県政報告会を落合部落公民館で開きました。前回の参加者がゼロだったので、意気消沈気味でしたが、今日も追い討ちをかけられました。開始時間の19時になっても、誰も現れません。哀れみを感じてくれたのか、公民館を開けにきた館長さんが座布団に座ってくれました。参加者がひとりでも気にしない(←強がり)ので、報告会を始めようとしたら、館長さんが「俺ひとりならいい。帰るよ」というので、なんとかひきとどめようと、「館長さんの息子さんはどんな仕事しているんですか?」、「新しい立派な家でしたけど、いつ建てたんですか?」など、玄関にチラチラ目をやりながら、館長さんを質問攻めに。早いところ誰かひとりでもいいから来てくれと願っていると、そこに人の姿が。「誰か来た!」と叫んで、玄関の方に飛び出ていきました。なぜか、館長さんも一緒に。近所に住んでいるというおじさんが玄関に入ってくるなり、「いらっしゃいませ〜」と館長さんと一緒に拍手してしまいました。ふたりの参加者でしたが、先日の決算特別委員会の様子や、県の財政がいかに厳しい状況にあるかについて、一生懸命に話をしてきました。


10月24日(水)

『テロ特措法』

 今朝は、胡四王一丁目交差点、Aコープ矢沢前で街頭演説をやりました。大型ショッピングセンター建設地の工事が急ピッチで進んでいました。街頭演説でやってくる度に、景色が変わっていきます。2週間おきくらいのペースなので、こうやってできてくんだーと、工事の進捗状況がよく分かります。

 今日は、9月定例県議会の最終日。お昼から、(仮称)いわての水を守り育てる条例の第1回検討会が開かれました。各会派から2名ずつ集まり、条例の骨子案についての説明、今後のスケジュールの確認などを行ないました。豊富で清らかな本県の良質な水資源を、工場排水や生活雑排水などによる汚染から守り、将来の世代に引き継いでいくというのが、この条例を制定する趣旨です。我が会派で、執行部と意見交換しながら、骨子案をつくってきましたが、今後はこれをたたき台に、各会派から多くの意見をいただき、よりよい条例にしていきたいと思います。

 午後は本会議が開かれ、決算特別委員会で審議してきた2006年度一般会計歳入歳出決算など14件を認定。さらっと終わるはずだったのですが、テロ対策特別措置法の事実上延長に反対する意見書について質疑のあり方などに自民クラブから異論が出て、紛糾。2度の休憩を挟んで行なわれた採決の結果、賛成多数で可決されました。同様の意見書可決は都道府県議会で初のようでした。

 私は、採決の際、立たずに反対しました。民主党は、日本の海上給油活動は「戦争」協力であるとしています。国際法上、軍艦は、公海上で民間船舶を対象に犯罪の防止や制圧のために海上警察活動を実施できることになっており、今回、給油の対象となる外国軍艦が従事している海上阻止活動はこの海上警察活動に当たるのであって、戦闘行為に従事する外国軍艦を対象とするものではないので、「戦争」協力ということにはなりません。イラク戦争への流用疑惑が浮上していますが、あくまで疑惑です。交換公文を結んで目的外使用はなされないということを政府間でやっているわけですから、現時点ではその事実に基づいて判断するしかないのではないでしょうか。個人的には、外交問題を政局にするのはおかしいのでは?と思ってしまいます。民主党は、対案を提示するべきです。

 本会議終了後、第6回議会のあり方調査特別委員会が開かれました。かれこれ1ヶ月に及ぶ9月定例議会が今日で閉幕となりました。


10月23日(火)

『縮む社会への発想転換』

 今朝は朝一で花巻に戻り、松園町交差点、西宮野目ファミリーマート前で街頭演説。また盛岡に戻って、最後の決算特別委員会に出てきました。今日は、県土整備部と企業局の審査が行われました。私は、県土整備部で以下の質問をしてきました。@がけ崩れ危険住宅移転促進事業について、A建設事業費について。まず、@についてですが、県内で土砂崩れや土石流などの土砂災害の危険があり、住宅が5戸以上ある場所は、4187ヶ所(06年3月のデータ)あり、この内、斜面をコンクリートで固めるなどのかげ崩れ防止工事を終えた所は、445ヶ所、整備率は10.6%となっています。東北の平均整備率は17.6%、全国では20%〜25%という数字ですから、本県の立ち遅れが際立っています(岩手は他の都道府県に比べ、面積が広い、山が多いという事情もある)。

 近い将来、宮城県沖地震が高い確率で発生することが想定されている中、この数字はいかにも心もとありません。しかしながら、これまでのコンクリートで固めるハード事業は、多額の費用と時間がかかり、さらには人口減少社会にあっては投資効果が良くないということで、昨年、前知事は公共事業が伴う防災から住宅移転に発想を転換しました。それが、がけ崩れ危険住宅移転促進事業です。昨年、釜石市内の6世帯が危険区域外への移転に合意し、すでに2件の移転が済んだようです。この2件について、かかった費用は400万円ということでした。仮に、この6世帯にコンクリートで固めるハード事業をした場合、1件あたり、2000万円程度の費用がかかるということですから、たいへんなコスト削減になっています。

 ただ、同事業の利用が伸び悩んでいます。理由は、区域内全員の合意を得ることが難しい、あるいは、県単事業に加え国庫補助事業を併せても補助額の上限は1000万円程度なので住宅購入する場合には自己負担が大きい、といったことが挙げられています。私は、県単事業の補助額を引き上げるべきだと提言してきました。さらに補助額を引き上げたとしても、ハード事業をやるよりはよほど割安と言えます。また、危険地域の脇のほうには、人口減少で中心部に空き地や空き家が出てきているので、ここへの移転が進めば、中心市街地の活性化にもつながります。県土整備部長も、地価の問題などの課題はあるものの、中心地への移転は好ましいこと、時間をかけてこの事業を浸透させていきたいと答弁されました。

 次に、Aの建設事業費についてですが、県土整備部所管の建設事業費の中に占める維持補修費は、平成13年度の93億4900万円余から平成18年度は108億9900万円余に増加。割合にして、5.4%から10.7%に増加しています。今後、この割合はさらに高まっていくことがl予測されます。本県では、一巡目の岩手国体の際に、道路を始めとする社会資本整備を一気に進めました。近い将来、この社会資本の耐用年数が一気にやってきます。新規事業の割合はどんどん減り、維持補修費の割合がどんどん増えていくことになり、やがては新規の社会資本整備はおろか、既存の社会資本の維持補修すらままならない、そんな事態すら想定されます。

 旧大蔵省主計局主計官の松谷明彦氏が国民経済計算を元にはじき出したデータによれば、国の公共事業許容量に占める更新投資・維持改良費の比率は、2010年には57.2%、2020年には90.7%にも達し、新規の社会資本を整備する余力は年々急速に縮小することが分かります。さらに、2023年には、更新投資や維持改良の必要額が公共事業許容量を上回ってしまい、新規の社会資本整備ができないことはもちろん、既存の社会資本整備すら維持できなくなり、2030年には必要額の78.8%しか実行できないということになります。この予測は、松谷氏が想定する公共事業の縮減を前提にしているので、必ずしもこうなるということではありませんが、しかし、国土交通省の白書でもこれに近い事態を想定しているので、大きな流れとしてはそのような方向に向かっていくものと考えられます。

 とは言え、今後も、必要な新規事業はあります。例えば、高齢化社会の進展に伴い、高齢者を対象とする社会資本の必要量は確実に増加していきます。だからこそ、本当に必要な新規事業ができないという事態を回避するためにも、既存の社会資本の厳格な再点検が必要となってきます。県土整備部長は、平成16年度、平成17年度に道路の再点検、18年度に橋の再点検をしたとの答弁でしたが、私の言葉足らずでした。私が提言した再点検とは、その社会資本が今後の高齢化を伴う人口減少社会に果たして必要なのかという再点検です。仮に、必要でないと判断された場合、その社会資本に対しては維持改良事業は行なわずに老朽化するに任せ、耐用年数がきたら撤去するということです。いずれ、人口拡大社会において、都市は郊外に拡大してきたわけですが、今後の人口減少社会では、これを反転させ、中心地に集約していく(コンパクトシティー)ことが避けられないでしょう。社会資本整備についてもそうした方向で、必要なものと必要性が少ないものとを精査していかなくてはなりません。


10月22日(月)

『ロボット人間』

 今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前で街頭演説をやりました。昨日にも増して、首と背中が痛い。カラオケの先生(中学時代の野球のコーチ)から、「演説も演歌と同じ。サビの部分の盛り上がりが命」とご教授をいただいて以来、サビの部分(一番訴えたいところ)は人差し指を空にかざし、マイクを握る手にも力が入るようになっているのですが、今日ばかりは力も入らず、声にパンチもない。とにかく力むと背筋に激痛が走るので、抑揚に欠けるふにゃふにゃの演説でした。途中、雨が降ってきたのですが、傘がありませんでした。取りに戻るのも面倒なので、そのまま演説を続けていたら、ある支援者に「お前はバカか。風邪をひいたらどうするんだ。自分ひとりの体じゃないと思え」と怒られ、反省。散々な朝でした。

 今日の決算特別委員会は、県政の最重要課題のひとつ、競馬組合を所管している農林水産部の審査です。今日も、激しい論議が行なわれました。私は、今年2月定例議会で、競馬存続に賛成票を投じたひとりです。今も、「どうして賛成したんだ」という厳しい批判をいただいております。特に多いのが、「存続させたことによって、さらに県民負担が増える」というご批判です。しかし、これは誤解です。「収支均衡」が競馬存続の条件でしたので、これまでのように赤字を垂れ流しながら、だらだら競馬を続け、県民のみなさんの負担がさらに増えていくということはありえません。知事は来年度の事業存廃について、「12月末までに判断する」としています。収支均衡が崩れれば、廃止は避けられません。存続に向けた努力を続けるのは言うまでもありませんが、最悪のケースも想定し、廃止の影響を極力抑える方法も検討していく必要があるでしょう。

 今日も一日、首が回らず、ロボット状態でした。立ち振る舞いが明らかに不自然でぎこちない。同僚議員にも笑われてしまいました。車のバックは、かなりしんどかったです。夜は盛岡で会合に出席。議員会館に泊まってきました。


10月21日(日)

『ミミズのアニキ』

 今朝は、地域のソフトボール大会に出場する地元愛宕町チームの応援に行ってきました。2回を終わって、18対0の大負け。3回表の攻撃で10点近くとらないと、コールドゲームです。急遽、代打に送り出され、素振りもせずにバッターボックスへ。初球、おもいっきりフルスイング。惜しくもセンターライナーに終わりましたが、ファーストベースを回ったあたりで、首と背筋に激痛が。日頃、運動不足とはいえ、たった1回バットを振ったぐらいで、こんなことになろうとは。33歳とは思えない体の老齢化に危機感を抱きました。結局、試合は30分かからずにコールド負け。それでも、試合後の反省会と称した飲み会がメインの愛宕軍団は負けチームとは思えない陽気さで球場を後にしました。

 それから、私は、わたぼうし農園の収穫祭に。あいにくの雨降りでしたが、春先にみんなで蒔いたサツマイモが大きく成長し、収穫の喜びを味わいました。春に続いて、地元湯本小学校の子どもたちもボランティアとして参加していましたが、驚いたことに、今どきの子どもたちはミミズもさわれないようでした。土いじりをしないから、さわったことがないんですね。まるで蛇でも扱うように、恐る恐るという感じでした。私がしきりにミミズを指でつかんで子どもたちに持たせようとしていたら、いつの間にか付いた呼び名が「ミミズのアニキ」。その後の宝探しゲームでも、「おーい、ミミズのアニキ、まだ見つけられないの〜」と、終始ミミズのアニキ呼ばれをされてしまいました。

 午後は、花巻青年会議所の50周年記念式典と祝賀会に出席。式典最後の来賓紹介で失態を演じてしまいました。「それでは、次に来賓の紹介をさせていただきます。時間の都合上、お名前のみの紹介となりますので、ご了承ください。岩手県議会議員、高橋博之様」といきなり司会者に呼ばれ、かたまってしまいました。お名前のみの紹介ということだったので、その通り黙って座っていたのですが、本来この場面は、立ってお辞儀をし、「おめでとうございます!」とご挨拶するのが通例とのこと。式典終了後に、みなさんに指摘をされ、赤面ものでした。確かに、私もいつもは「はいっ!」と元気に返事をしてお辞儀していました。最初に呼ばれることがないので、前の人のやり方をマネていればよかったのですが、今日は私が最初だったので、マネる人がいなくて、しでかしてしまいました。何ごとも最初が肝心。結局、トップバッターの私がそんな調子だったので、次に呼ばれた来賓県議の方々も私に倣って座っていたようで、ご迷惑をかけてしまいました。

 夕方から、来週、県政報告会をやる東和町の落合地域を案内チラシを持って回ってきました。釜石道の建設真っ只中で、ちょうどこの落合地域のど真ん中を通過していくようでした。豊かな自然に包まれた温かみのある風景が、ところどころ巨大なコンクリートに寸断されていました。高速道にぶつかる何件かのお宅が引越していましたが、みなさん同じ地区内に移動していました。やはり愛着のある地域は離れがたいんでしょうか。中には、別荘のような立派な家に引っ越された方もいました。東京の建築士が設計したんだそうです。息子さんはオランダで画家をしているとのこと。すごい素敵な家ですねーと見とれている私にお母さんがポツリとひと言。「前の古い家の方がよかったな〜」。今ひとつしっくりきていないようでした。

 夜は、会合をハシゴしてきました。朝のフルスイングの影響で、首が回りません。まるでロボットみたいにぎこちない動きの一日でした。


10月20日(土)

『無人県政報告会』

 今日は、朝から会議と勉強会ラッシュ。夜は、大迫の内川目1区公民館で第154回県政報告会をやりました。というか、正確に言うと、やる予定でした。ところが・・・。通常、開始30分前に鍵を借りてきて、公民館を開けます。座布団をひくなど会場準備を一通りやり、その後、愛車の軽自動車に拡声器を積んで、報告会開催の直前アナウンスをやります。で、5分前に会場に戻ってきます。今日もいつもと同じ流れで公民館に戻ってきました。さあ、今日は何人来てくれるのか、ここがいつも緊張の一瞬です。期待に胸膨らませ扉を開けると、会場はがらーん(←もぬけの殻)、私はぽかーん(←唖然として動けない)。これまで153回やってきましたが、ゼロというのは1回だけでしたが、悪夢の再現となりました。30分待ちましたが、結局誰も来ず。控えめにひいておいた6枚の座布団を片付け(←ここがもっとも虚しい)、電気を消すと真っ暗に。泣きそうになりました。

 せっかくチラシも50軒近く回し、ここまで来て黙って帰るのもなんだったので、公民館前の路上で無人県政報告会をやることにしました。民家がぽつりぽつりと点在している中山間地ですが、誰かひとりくらい家の中から聞いてくれるだろう(←超、前向き)と淡い期待を抱きつつ、ノボリを立て、マイクを握りました。真っ暗闇だったので、背後から車のライトで自分を照らし(←誰かに気付いてもらいたいという涙ぐましい即席アイディア)、小雨のなか、30分県政報告をやりました。最後の方は、半ば自暴自棄になり、「今日はみなさんに議会の報告をし、みなさんの声を聞きにやってきました。県政報告会はみなさんが政治に参加する数少ない場のひとつです。ですから、参加者ゼロというのはたいへん残念でした。政治に無関心を決め込むのもいいですけれども、それでは地域も町も社会はよくならない・・・」といった調子で、説教モードになってしまいました。無人報告会終了後、スーパーみずかみ前、コナカ前で街頭演説をやりながら、事務所に帰ってきました。

 春の統一地方選挙で、私は有権者に訴え続けたことがあります。

 「政治に文句を言うのは、天に唾を吐くのと同じ。誰が政治家を選んでいるんですか。文句があるなら変えればいい。その変える権利をみなさん一人ひとりが与えられているにも関わらず、その権利を行使することもなく、ただ政治に文句を言うのはやめてほしい。私は、有権者のみなさんに政治に関心を持ってもらえるための努力をやれるだけやってきた。後は、みなさんが応える番です。まず、投票に行ってください。投票にも行かない人は、政治に文句を言う資格はない。私も一切聞かない」

 ずいぶん挑発的なことを言うなと驚いた方もいらっしゃるでしょう。私は、有権者の声に耳を傾けることと、有権者に媚びることは違うと思っています。社会を変えるためには、誰かがやってくれるだろうという人任せの住民意識も変えていく必要があります。そのことを強く言えるために、有権者のみなさんに文句を言われないような日頃の活動にこだわってきました。それは、「報告」です。選挙で有権者に選ばれた以上、議員には有権者に報告する責任があります。この当たり前のことを私は徹底して貫いてきました。毎日の街頭演説、各地での県政報告会、チラシの発行、ホームページ。

 今の日本は、政策で政治家を選ぶほど、民度が熟しているようには思えません。それ以前の問題だと思います。その町に暮らしている住民が、町づくりに参加する最も身近な権利(投票)を放棄しているようでは、その町に未来はない、そう私は思います。町づくりをわが事と考え、選挙へ、議会報告会へ、足を運ぶ住民が増えれば、おのずと町もよくなっていくのではないでしょうか。


10月19日(金)

『長丁場の委員会』

 今朝は、火曜日に引き続き、盛岡市内のホテルで、業界団体を対象とする朝食勉強会(政策懇談会)がありました。今日は、JA全農いわて、JA岩手県中央会の幹部の方から、本県の農業を取り巻く現状、問題点についてヒアリングをし、意見交換をしました。昨夜、事務所のソファーで寝てしまったので、体が痛いし、目が重いし、たいへんな朝でした。

 今日は決算特別委員会5日目。教育委員会と警察本部の審査が行なわれました。私は、両方で質問に立ちました。質問内容は以下の通り。まず、教育委員会で、県政課題貢献人材育成事業の成果と課題について質問してきました。同事業の目的は、県政の課題である医師、弁護士、高度先端技術分野の研究者や技術者等の将来の本県の支える人材を育成するために、生徒が医学部等の難関大学・学部への希望を実現できるよう、学校の取組みを支援することです。事業対象高は、難関大学への進学希望者が多い、盛一、盛三、花北、黒北、水沢、一関一の6学校です。過去3年間の合格状況は、東大、東北大、医学部など、軒並み入学者が増加しており、一定の成果を上げていました。問題は、彼らが将来岩手県に戻ってくるかどうかです。この点について、これまでの問題点を指摘した上で、提言をしてきました。

 これまでの教育は、勉強して、いい学校に行きなさい、つまりは出て行きなさいという追い出し教育をやってきました。これを、勉強して、地域社会、家族、地域の地場産業に貢献しなさいという地方分権モードに切り替えていく必要があります。教師も保護者も、立身出生型の江戸に行って成功するタイプの教育から抜け出し、勉強して優秀な子どもを地域に貢献させる、そういうことを子どものころからしっかりみっちり教えていくという方向に、意識を変えていかなくてはなりません。息の長い話ですが、岩手の頭脳の流出に歯止めをかけないと、いつまでたっても地域格差は縮まらないと思います。教育長も同じ考えで、幼少期から地域に誇りを持てる教育をしていきたいとの答弁でした。

 この他、養護学校費について質問してきました。特別支援学校(養護学校)高等部の生徒が増加し、受け入れ体制が追いついていない点について指摘し、改善を求めてきました。平成10年に416人だった在籍数が今年度は677人(定員の125%)と増加の一途をたどっており、来年度はさらに30人程度の増加が見込まれています。これに対して、花巻養護学校、気仙養護学校に通常学級(定員8名)を各1学級、宮古養護学校に特別学級(定員3名)を1学級増設する予定だということでした。また、県立高校への発達障害の進学者も500人を越える可能性があり、早ければ来年度から支援員を配置するとの方針も明らかになりました。インクルーシブ教育の実現に向けて、幼小中高と一環した特別支援教育のさらなる充実を図っていくいかなくてはなりませんが、その意味で県立高校への支援員の配置を評価したいと思います。

 警察本部では、認知症ドライバー対策について、質問してきました。高齢者社会の到来に伴い、近年、高齢者の交通事故が増えています。中でも、今後、懸念されるのが認知症ドライバーの交通事故です。平成21年度から道路交通法が改正され、75歳以上に、運転免許更新の際の認知機能検査が義務付けられることになりますが、認知症は75歳以上とは限りません。75歳以下についての対策について、質問と提言をしてきました。教育委員会の審査が長く、委員会が終わったのは19時過ぎでした。決算特別委員会は10時スタートで昼休みの1時間を挟み、ぶっ通しで委員会室に缶詰なので、さすがにぐったりでした。


10月16日(火)

『病院新税提案』

 今朝は、盛岡市内のホテルで、岩手県商工会議所連合会、岩手県商工会連合会、岩手県中小企業団体中央会の幹部の方をお招きし、政和・社民クラブで朝食勉強会をやりました。

 さて、昨日から始まった決算特別委員会は、今日からそれぞれの部局審査に移ります。今日は、議会、総務部、総合政策室、地域振興部、出納局、人事委員会、監査委員会の審査が行われました。私は、総務部と総合政策室で以下の質問をしてきました。(総務部)@女性管理職のさらなる登用についてA財政課に占める女性職員の割合についてB職務能力向上プログラムについてC一部事務組合方式による広域消防体制の欠点についてD自治体財政健全化法の盲点についてD予算編成の考え方についてE病院新税について(総合政策室)@知事が掲げる目標の所得向上についてA新しい地域計画の素案について。それぞれの質疑の詳しいやり取りについては、議事録ができしだい、ホームページにアップします。

 これまでの予算編成は、歳入に見合った規模となるよう歳出の見直しを図っていくのが基本とされていましたが、本来は逆です。出ずるを量って入るを制す。歳出が決まればそれに応じて税の負担も決まるというのが財政の基本原則です。税に対する納税者の負担感、あるいは重税感をブレーキにしながら、必要に応じて無駄のない仕事の量を決め、決められた仕事の量に応じて税負担も変動するという過程が、現在の地方財政運営にはほとんど見られません。納税者と財政との間にあるこうした緊張感があればこそ、身の丈にあった財政の規模にも近づいていくというものです。

 ところが、これまでの地方議会では、一般的に歳出予算については熱心に議論をしても、歳入予算についてはそれほど熱心に議論してこなかったのではないでしょうか。歳出予算についても、それを計上するとか増額するとかの議論が中心で、歳出の規模すなわち行政サービスの水準と税負担の水準とを天秤にかける議論はほとんど聞いたことがありません。確かに、これまでの地方税制度は硬直的でしたし、毎年の税制改正の内容を定める地方税法改正法が通常3月末でなければ成立しなかったので、議論をする余地にも限りがあったことも事実だと思います。しかし、地方財政法の改正によって、標準税率未満の自治体にも地方債発行権が認められるなどの規制緩和も少しずつ行なわれています(まだまだ不十分ではありますが)。

 世は、地方分権時代。国に対して地方税財政システムの弾力化を求めるとともに、我々、地方議会ももっと税のあり方について活発に議論する、とくに、歳出と納税者の負担とを相互に関連付けて(受益と負担のリンク)議論するべきだと感じます。財政の悪化、膨張を防ぐには、それによって「ふところの痛む」人たち、すなわち納税者の負担感がもっとも効果的なのですから。そんな思いもあって、今日は、病院新税について提案をしました。

 毎年度、一般会計から180億円程度繰り入れをしている県立病院の姿は、危機的な県財政の状況から見て、果たして身の丈に合っていると言えるでしょうか。毎年度、一般会計から多額の繰り出し金が支出され、県の大きな財政負担になっていることを考えれば、おおよそ身の丈とは言えません。県立病院改革プランで、平成20年度には県立病院は22まで統廃合が進みます。似たような経済規模の他の東北の県立病院数を見ると、青森県1、秋田県2、山形県4となっています。ちなみに、一般会計からの繰り入れは、青森県38億円、秋田県35億円、山形県98億円です。もちろん、秋田県では市町村立病院が多いなど、これまでの経緯が異なるので単純に比較できるものではありませんが、それを考慮しても、今後、県立病院が県財政の大きな足かせになるのは避けられない状況になりつつあると言えます。すでに、一般会計全体の財政状況が厳しさを増す中で、他の分野の事業費を抑制せざるを得ない要因になっており、毎年度100億円規模での県民負担が生じている事実については、総務部長も今日の答弁で認めています。

 現在の県立病院改革プランが完了する平成20年度以降、次なる改革ステージに移っていくことになるわけですが、仮にさらなる統廃合が俎上に上がったとき、県民のみなさんにご負担をいただき、さらなる統廃合を避ける(行政サービスを維持する)という選択肢を用意しておかなくてはならないと思います。それが、病院新税です。もちろん、その前提に、交付税措置の充実など国の支援を働きかける、あるいはさらなる県立病院経営の効率化、県の行財政改革があるのは言うまでもありません。しかし、それでもにっちもさっちもいかないほどに、超高齢化を伴う人口減少社会の到来という時代の変化が、結果として県立病院を県財政の中で肥大化させてしまう状況は回避できないものと私は考えます。だからこそ、県民を巻き込んだ議論を始めなくてはなりません。

 税の公平性は保たれているか、あるいはさらなる負担に対する理解を県民から得られるかなど、課題はあります。さらなる統廃合もダメ、新税もダメとなると、残る道は、県政全体の中で他の経費をさらに抑制するということになります。そう考えれば、どこに住んでいようとこれはすべての県民に関わる問題で、税の公平性についてはそれほど問題にならないものと考えますが、いずれ、こうした議論を県民全体でしっかりとしていく必要があります。

 今日は、総務部長から、「現時点ではまだ新税導入を図ることが必要かどうかについての考え方がまとまっている状況ではないが、今回の提案をきっかけに、関係部局ともよく相談し考えていきたい」旨の含みのある答弁がありました。今後も、建設的な議論をしていきたいと思います。


10月14日(日)

『枝打ちで汗を流す』

 秋晴れの土日でした。昨日は、お昼過ぎから、第1回花巻市福祉大会の式典に出席。地元県議代表として、市長、振興局長、市議会議長に次いで4人目に祝辞の挨拶をしました。4人目ともなると通常話すことがなくなってしまいます。聞く側も飽きてしまっているので、時間にも配慮しなくてはなりません。難しい話はやめて、福祉とは一体何か?と会場に問いかけ、北欧のピザの話をしてきました。3分以内にと心がけていたのですが、結局4分近く話してしまいました。親しくしている市議の方が会場で時間を計っていたようで、私が一番長かったとのこと。4人目が一番長いというのは最悪ですね。反省しました。夕方から、後援会の芋のこ会をやり、支援者のみなさんと懇親を深めてきました。

 今日は、午前中、花巻市育樹祭に出席してきました。子どもからお年寄りまで、多くの市民参加の下、私も枝打ちを初体験してきました。場所は、石鳥谷町大瀬川の分収林です。今から10年前の平成9年に大規模な山林火災が起きたところです。火災のすぐ後に植樹した杉がずいぶん成長し、うっそうと生い茂っていました。小さなノコギリで枝を切り落とすのですが、これが実際やってみると意外に難しい。汗をかきながら、懸命にノコギリをギコギコ。1時間もすると、辺り一体に光が差し込み、見通しもよくなりました。地元で林業を営んでいた方が、「これだけ人がいれば、枝打ちも一気にできていいな。こういう行事のときだけじゃなくて、日頃からボランティアで来てくれればいいんだが。山なんど、今どきの若いもんは見向きもしねえがらな〜」とぼやいていました。多くの県民が日頃から参加できるような県民運動にしていきたいものです。

 「不都合な真実」のゴア前米副大統領がノーベル平和賞に決まりました。大統領選について本人は沈黙を決め込んでいますが、一部で出馬を促す声が広がっているようです。本人が出馬しないにせよ、ゴア氏の動向が大統領選に大きな影響を与えるとの報道がなされています。温室効果ガス最大の排出国である米国が動けば、各国の温暖化対策に拍車をかける効果が大いに期待されるところです。それにしても、地球温暖化に警鐘を鳴らすスライド講演をゴア氏は1000回もやったというから驚きです。私もこれまで153回の県政報告会をしてきましたが、1000回という数字がどれほどすごいか分かります。情熱と使命感がなければ決して達成できる数字ではありません。私も1000回目指してがんばります。

 夕方、アルテ前で街頭演説をやり、夜は、湯本にある居酒屋の10周年記念祝賀会など、会合を3件渡り歩いてきました。


10月12日(金)

『キャスティングボード』

 今朝は、花巻消防署前交差点、若葉町ファミリーマート前、桜台一丁目交差点で街頭演説をやりました。終了後、議会へ。昨日、車屋さんに車を見てもらったら、左右のバランスが著しく悪く、高速道路を走るのは自殺行為だと言われ、母親の車を借りて行きました。「自分ひとりの命でないのだから」と支援者からも怒られ、アルトの運転禁止令が出てしまいした。3年前、中古で買ったアルトですが、そろそろ買えどきなのかもしれません。愛着がわいていたので、手放し難いです。

 今日は、午後1時から本会議が開かれ、07年度一般会計補正予算など30議案、国に対してBSE(牛海綿状脳症)全頭検査への国庫補助金などを求める意見書など11発議案が可決されました。食の安全と地域農業を守る請願のうち、価格保障制度など県独自の支援充実を求めた項目が農林水産常任委員会で不採択となったことに対して、民主県民会議と共産党が反対討論を行ないましたが、我が会派は「国が責任を持って取り組むべきこと」などの理由で飯澤県議が賛成討論に立ち、結果、賛成多数(政和・社民クラブ+自由民主クラブ+無所属2名=25人>民主県民会議+共産党=22人)で農林水産常任委員会の審査の通り不採択となりました。

 年金保険料を年金支給以外の費用としないことを求める発議案について公明党が反対討論を行い、これに自由民主クラブも同調しましたが、我が会派は賛成に回り、賛成多数(政和・社民クラブ+民主県民会議+共産党+無所属2名=33>自由民主クラブ+公明党=15)で可決されました。県議会において、我が会派の政和・社民クラブ(9人)は、民主県民会議(22人)、自由民主クラブ(14人)に次ぐ第3会派ではありますが、一定のキャスティングボードを握っていることを示した採決でもありました。

 本会議終了後、議会のあり方調査特別委員会が開かれました。すでに5回の委員会が開催されましたが、各議員の間にだいぶ温度差があるように感じます。夜は、一度、花巻に戻り、「学校選択制と学校統廃合を考えるシンポジウム」に出席してきました。桜台小学校と花巻小学校の学校選択制度は市政の問題ですが、地元の問題でもあるので、私も関心を持っています。生徒数のバランスを著しく欠いた現状を改善するためにも学区の見直しは避けられませんが、選択制については慎重な議論が必要だと思います。講師を務めた岩手大学教授の「どう決まるかよりも、どのように決めるかが大事」という言葉にうなづきました。この後、盛岡に戻り、会合に出席しました。


10月11日(木)

『赤べこの窮地』

 今朝は、死にかけました。議会に向かう高速道路で、バンッ!という音とともに、いきなりタイヤがパンク。ハンドルをとられ、スピンして追い越し車線に流れていきました。幸い追い越し車線を走っていた車が近くにいなくて事なきをえましたが、もし大型トラックでも走っていたらと思うとゾッとしました。車を降りてタイヤを見たら、ザックリと裂けていました。みなさんもタイヤ点検は怠らないよう気をつけてください。

 午前中は、県の新しい地域経営の計画(素案)についての説明会がありました。各圏域ごとに分かれた2時間の説明会でしたが、県南圏域は20人近く議員がいるので、質問する前にタイムオーバー。いろいろと聞きたいこと、言いたいことがありましたが、決算特別委員会にときにやることにしました。午後は、議会事務局と「いわての水を守り育てる条例(仮称)」骨子案について、打ち合わせをしました。夕方、事務所に「赤べこ野球軍団」の監督さんが相談に来ました。今年スタートしたばかりで、全国大会にも出場した新生のチームですが、スポンサーの経営が厳しいようで、来期の存続が難しい状況にあるということでした。岩手にはクラブチームが少ないので、なんとかがんばってもらいたいです。資金的に協力してもいい、あるいは会社に従業員として雇ってあげてもいいというところがありましたら、是非、ご連絡ください。お願いします。

 今夜は、湯口上根子地区の才の神公民館で、第153回の県政報告会をやりました。最初2人しか参加者がいませんでした。私は7時から始めると言ったら、たとえ参加者がひとりだろうとも7時から始めることにしています。確かに、あと10分くらい待っていたら、もう少し参加者が増えてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまう気持ちもないわけではありませんが、それでは時間通りに来ていただいている参加者に対して失礼になるので、時間通りに始めることにしています。今日もそのスタイルで始めようとしたところ、「ちょっと待て」がかかりました。

 区長さんの奥さんともうひとりのおじさんが手分けして、地域のみなさんに電話し始めました。驚いたことに、近所の人が今何をしているかも分かっているようでした。「○○さんとこは、どこそこの会議にいっているからいない」、「○○さんとこは、娘の迎えに行っているからいない」、「○○さんとこは、農作業終わって家で晩飯食ってるはずだ」といった具合です。そして、お酒を飲んでしまったから運転できないという方をわざわざ車で迎えにいったりして、あれよあれよという間に10枚の座布団が埋まってしまいました。日頃から、家族のようなお付き合いをしていることが伝わってきました。

 質疑では、花巻市の企業誘致、品目横断的経営安定化策の展望、道路の工事について、意見が出ました。とりわけ、北上と花巻を比べ、花巻の停滞ぶりを問題にする方が少なくありませんでした。なぜ、花巻にはこれだけ交通網(空港、新幹線、インターチェンジ4つ)が整っているのに企業誘致が進まないのか、参加者のみなさんと意見交換をしました。

 それにしても、才の神地区には、大迫の中山間地に似た濃厚な地域のつながりを感じました。みなさんとても仲がいい。町中の地区では、「向こう三軒両隣」という見張りあうような息苦しさを嫌い、地縁が壊れてしまっているようなところがたくさんあります。つながりの薄れた地域では、犯罪の抑止力の低下、消防団員不足といった問題が浮上しています。こうした地域に、今さら才の神地区のようなつながりを求めるのは無理かもしれませんが、心豊かに安心して地域で暮らすためにも、それぞれの地域事情に合わせて、新たな相互扶助の輪をつくる方策を考えていくことが必要だとつくづく感じます。


10月10日(水)

『請願ラッシュ』

 今朝は、一日市商店街、松園町交差点で街頭演説をやりました。「これから寒くなるから、街頭演説もたいへんだね〜」とよく言われますが、私の場合、逆に寒くなってくると調子があがってきます。特に、夏から秋への変わり目、秋から冬への変わり目が、子どものときからずっと好きです。今朝は、地元の先輩の小学3年生になる自閉症の息子さんが珍しくひとりで登校していました。いつもはお母さんに手を引かれ、学校に向かうのですが、今日はひとりで下を見ながら、ぶつぶつ何かしゃべって歩いていました。彼にしてみれば、数百メートルの通学路も、大冒険かもしれません。大丈夫かなーと心配になりましたが、地元の住民の方が彼に声をかけ、横断歩道を一緒に渡っていました。地域で見守るということはこういうことなんだなと改めて思いました。

 一般質問も昨日で終わり、今日は常任委員会が開かれました。9月定例会に出された予算議案、条例議案、並びに請願陳情について、それぞれの委員会ごとに審査をします。請願とは、県民のみなさんの要望や意見を県に伝える方法の一つです。地方自治法第124条の規定により、請願をしようとする人は、1名以上の議員の紹介により請願書を提出することとなっています。一定の要件を満たした請願書が提出されると、議長はこれを受理して、直近の本会議において所管の委員会に付託します。付託された委員会では、必要に応じて執行機関および参考人からの意見を聞くなど、慎重に審査します。委員会で結論が出されたものは本会議で委員長により報告され、その報告を踏まえ最終的な結論(採択か不採択など)が出されることになります。

 今回の環境福祉委員会は、請願ラッシュでした。環境生活部関係で「BSE全頭検査の継続を求める請願」(採択)、「海に、空に、放射能を流さないことを求めることについての請願」(継続審査)、「クレジット被害をなくすための法改正を求める意見書を政府等に提出することを求める請願」(採択)、保健福祉部関係で「国民医療を守るための請願」(採択)、「県立療育センター機能の充実及び在宅超重症児(者)に対する支援を求める請願」(採択)、「2008年4月実施の後期高齢者医療制度の凍結・見直しを求める請願」(継続審査)について、それぞれ審査をしました。

 青森県六ヶ所村使用済み核燃料再処理工場の本格稼動を控え、大災害発生に伴う事故(不測の事態)に備えた県の危機管理体制について質問してきました。必要以上に不安を煽るつもりはありませんが、最悪の場合、多くの人命に関わる重大事につながるだけに、あらゆる事態を想定しておかなくてはなりません。過去最大の被害を出した旧ソビエトで起こったチェルノブイリ原発の事故では、多量の放射性物質が放出され、周辺では甲状腺がんの患者が多発しています。日本の原発は頑丈な格納庫に入っており、こうした最悪の事態にはならないとされていますが、それでも気体として放射性ヨウ素の危険は想定されています。空気中に放出された放射性ヨウ素は人体に入ると、子供や若い世代では将来、甲状腺がんを招く恐れがあります。

 県側の答弁は、ほとんど無策ということでした。青森と岩手の県境に巨大なバリアでもあるなら話は別ですが、風向きによっては放射能が本県にも飛散してくる可能性がある以上、そうしたケースを想定して、備えをしくおく必要があります。原発がある県では、放射性ヨウ素の影響を最小限に抑える薬「ヨウ化カリウム」を備蓄していたり、気象条件などから放射性物質の広がりを予測するシステムがあります。性格な情報を迅速に県民に伝え、避難につなげることが被害を最小限に食い止めることは言うまでもありません。隣の県のことだからということではなく、隣県として、真剣に考えるべきだと私は考えます。この危機管理体制については、今後も引き続き取り上げていきたいと思います。

 今朝4時まで仕事をしてほとんど寝ていなかったので、意識が何度か飛びそうになりましたが、その都度、上着につけていた赤い羽根を太ももにさしてなんとかしのぎました。自虐的なこの眠気防止策は、駆け出しの代議士秘書時代に考案しました。運転手を任されていましたが、常時寝不足状態で、事務所のお姉さんからレモンを輪切りを持たされたことがありました。ところがあまり効き目がなかったので、安全ピンで太ももをチクチクさすという強攻策を考えついたというわけです。我ながら、バカなことを考えたものです。懐かしくもあり、痛々しくもある思い出ですが、まさか自分が議員になってまでやることになるとは思いもしませんでした。

 夕方から、明日県政報告会をやる才の神地区に案内チラシを回しに行ってきました。家には誰もおらず、裏の田畑に回ると農作業中というにお宅が多かったです。ポストに入れれば済みますが、ご挨拶がてら直接手渡ししたいので、作業中の忙しいところ申し訳ないと思いつつ、畑に入っていきます。なので、靴がいつも泥だらけになります。途中、ファミコンで囲碁をしているおじいちゃんに出会いました。ファミコン、何十年ぶりに見ました。懐かしかったな〜。囲碁をする相手がいないので、コンピューター相手にしていると寂しそうに話していました。それてしも、幻想的で素晴らしい秋の夕暮れでした。体を大の字に大きく伸ばし、ゆっくりと深呼吸しました。


10月8日(月)

『花嫁の舟下り』

 この3連休は、おめでたい行事が続きました。

 土曜日は、無尽仲間のT先輩の結婚式に出席してきました。新婦は中学時代の同級生です。長たらしい祝辞もなく、大半が友人のアットホームな結婚式でした。新郎の最後の挨拶は、ひとりでボケとツッコミをやり、独壇場でした。ほとんどただの酔っ払いでした。Tさん、Yちゃん、おめでとうございました。昼過ぎから飲みっぱなしでずいぶん酔ってしまい、夜の会合まで30分あったので、事務所のソファーで一休みしていたら、不覚にも寝てしまいました。

 夢の中で、先輩のY若社長がテレビ番組に出ていて、司会者から政治の話を振られ、仲間に政治家がいるから意見を聞いてみると言って、生放送中に私に電話をしてくるという夢でした。私は緊張して電話に出ると、「おまえ今、どこにいるんだ!みんな待ってるぞ!」と怒鳴り声。声の主は、次の会合に出席している方でした。時計を見ると、会合がスタートしてすでに2時間経とうとしているではないですか。夢の中でかかってきた電話と、現実にかかってきた電話のタイミングがまったく一緒だったというわけです。いやー、焦りました。

 日曜日は長い一日でした。朝4時に起きて、早起き会に出席。戻ってきて、地元一日市商店街の朝市のお手伝いをして、今度は廃品回収。大迫に移動し、JAまつりに出席。その後、石鳥谷キクコウストア前で街頭演説をして、新堀、小舟渡に水害調査の報告に行き、夕方から来週の県政報告会の案内チラシを配りに湯口の才の神地区を回ってきました。夜は会合に出席し、死んだように眠りました。

 月曜日は、朝から「イギリス海岸ウエディングルネサンス」というユニークな結婚式に出席してきました。かつて民俗的な風習だった「花嫁の舟下り」が再現されるというなんとも粋な企画です。昔ならではと言いながら、真っ白なリムジンに乗って、花嫁が銀河大橋下の河川敷に登場。かっこよすぎました。神楽による安全祈願祭を行い、若者が担ぐ神輿に花嫁が乗り、舟乗り場へ。新婦の実家のある下似内から、川舟に乗船し、新郎の実家がある下小舟渡のイギリス海岸まで北上川を下ってきました。どちらにも地元のみなさんがたくさん来られ、まるで下似内と下小舟渡の結婚式のようでした。橋がなかった明治の中頃まで、実際にこのような結婚式が行なわれていたようです。イギリス海岸から、大行列で神社に移動し、結婚式をとりおこないました。あいにくの雨模様でしたが、地域のみなさんが力を合わせ、北上川の原風景を復活させた風情あふれる結婚式でした。


10月5日(金)

『進展』

 今朝は、花巻駅前、駅西口岩銀前、西大通り二丁目交差点、若葉町彩月前で街頭演説をやりました。終了後、議会へ。今日は、一般質問2日目です。3人目に登壇した三浦陽子県議が、障害児と健常児が共に学び、育つ「インクルーシブ教育」を取り上げました。インクルーシブ教育については、私も6月の一般質問で取り上げ、知事から「県としても、希望する子どもや保護者が通常学級での教育を受けられるよう環境整備に努めていく」との力強い答弁をいただきました。それから3ヶ月がたったわけですが、この間、県教育はインクルーシブ教育について検討する小委員会が立ち上げ、他にも有識者を招いてインクージョンフォーラムを開催するなど、一定の進展が見られました。

 三浦県議の質問に対し、相沢教育長は「来年度から初任者研修や教職経験者研修のすべての講座にインクルーシブ教育の研修を取り入れる」と答弁。教職員の意識改革に取り組むことを明らかにしました。教員の意識改革については、私も6月の一般質問で取り上げましたが、今日はそのときよりも踏み込んだ答弁になっていました。先日、政府が国連の「障害者の権利条約」に署名したことも、我が国におけるインクルーシブ教育の実現に追い風になるでしょう。この流れに乗じ、本県でもインクルーシブ教育の普及を確かなものにしていきたいと思います。この問題については、私も決算特別委員会で再度取り上げる予定です。

 夜は、会合に出席し、盛岡に泊まりました。


10月4日(木)

『視点変えれば』

 今朝は、Aコープ矢沢前、胡四王一丁目交差点、土沢商店街、東和町総合福祉センター前で街頭演説をやりました。土沢商店街では、たくさんの方がお店から出てきて、話を聞いてくれました。土沢はまちづくりにとても熱心なところですが、こうしたところにも住民の意識の高さを感じます。

 辻立ち終了後、議会へ。今日から、一般質問が始まります。それぞれ議員によって、興味のある分野、力を入れている分野が異なる、または問題意識が重なる分野でも視点が違うので、聞いていると勉強になります。執行部の長々とした一本調子の答弁がときに念仏のように聞こえ、うつらうつらしてしまう場面もありましたが。今、議会のあり方調査特別委員会で、この本会議のあり方についても議論をしているところです。一問一答形式や対面方式の方が緊張感があっていいのではないのかなど、様々な論点が出ています。明日は一般質問2日目です。


10月3日(水)

『被災地をゆく』

 今朝は、清々しい秋晴れのなか、石鳥谷町旧国道入口、石鳥谷中学校前、総合支所前、文化タクシー前で街頭演説をやりました。終了後、会派で、先月末に発生した記録的な大雨で冠水などの被害を受けた花巻市と八幡平市の農家、河川の現場と復旧状況を視察してきました。花巻市では石鳥谷町の八重畑、八幡の田んぼ、リンゴ畑を、八幡平市では安代地区のリンドウ圃場と農業用水、矢神川と安比川を、それぞれ県や農協担当者、生産者の説明を受けながら、視察してきました。

 花巻市では、主に農業被害を見てきました。冠水したリンゴ農家では、漂流してきたゴミの後処理に追われていました。リンゴの木が何本も根こそぎとられ、腐ったリンゴがあたり一帯にぼとぼと落ちていました。リンゴは水に浸かると売り物にならず、しかも共済支給の対象外ということで、収入を絶たれた生産者は途方に暮れていました。また、冠水被害を受けた田んぼでの稲刈りは、泥をかぶって乾燥した稲から土ぼこりが舞い上がり、手ぬぐいを顔に巻いて作業をされていました。天気とは裏腹に生産者のみなさんは一様に沈痛な面持ちで、なんとも気の毒でした。

 八幡平市では、河川の氾濫で家の土台部分が流されて宙に浮いてしまった家屋、川の増水で土砂が大量に流入したリンドウ圃場の被害、また河川の護岸浸食で流出した農業用水路を見てきました。河川が元ある場所から数十メートル移動してまっており、田んぼの上を川が流れている光景には言葉を失いました。何十キロもある重いコンクリートの水路がまるで積み木でも蹴り飛ばしたかのようにあちこちに散乱していました。水害の惨状を目の前にし、改めて自然の猛威の怖さをひしひしと感じました。明日から議会が再開します。被害を受けた農家への適切な支援、迅速な復旧対策と共に、今回の災害を検証し、次なる災害に備えた対策を当局に求めていきたいと思います。


10月1日(月)

『「障害者の権利条約」に署名』

 今日から10月。今年も残すところあと3ヶ月となりました。今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前、金婚亭前交差点で街頭演説をやりました。吐く息が白い、そんな寒い朝でしたが、ランドセルを背負った子供たちは元気いっぱいでした。早めに切り上げ、大迫へ。花巻市が地域交流の拠点施設として大迫町役場跡地に整備した「大迫交流活性化センター」の落成式に出席してきました。総事業費、5億670万円。本館は地元の木材を利用した木造平屋建で、多目的ホールには、明らかに神楽を意識したであろう「せりあがりステージ」が設置されていました。大迫らしさが伝わる施設でした。是非、ここで県政報告会をやりたいです。ただし、人は集まらないと思うので、会議室がいいところでしょうか。

 午後は、石鳥谷町の山に、松くい虫の現地調査に行ってきました。松が立ち枯れてしまう松くい虫被害の脅威に、岩手県が今さらされています。松くい虫被害が1905年に長崎に上陸して以来ほぼ百年。被害は、北海道と青森県を除き、日本列島に広がりました。いかに被害拡大防止が難しいかが分かります。早期発見、早期駆除が大原則ですが、被害木を一本でも見逃してしまうと、翌年には15倍に被害が広がるというほど拡散が早いのが特徴です。本県の被害発生区域は、県南西部。花巻市もすっぽり入ってしまっています。民有林の所有者が防除を許可してくれない、早期発見しても予算がないため駆除しないまま放置しているなど、様々な問題を抱えていました。現在の方策で十分なのかどうか、再検討する必要がありそうです。

 最後に気になるニュースをひとつ。政府は、障害者が就職や教育で受ける差別を撤廃し、社会参加を促すことを目的とした「障害者の権利条約(障害者を対象にした初の国際条約。昨年12月の国連総会で全会一致で採択された)」に署名することを閣議決定し、訪米中の高村外相がニューヨークの国連本部で署名したようです。これによって、今後、同条約の批准には、条約にのっとった国内法の整備が不可欠になります。例えば、教育制度では障害のある児童は障害児学級に入れるなどの「分離教育」を続けてきましたが、制度の転換が必要になります。私が主張してきたインクルーシブ教育(障害児と健常児が共に学ぶ教育)に現実味が帯びてきました。国の動向をにらみつつ、本県でのインクルーシブ教育実現に向けて、引き続き取り組んでいきます。




Copyright (c) 2005 Hiroyuki Takahashi All rignt Reserved.