高橋博之公式サイト
トップページ
プロフィール
日々是好日
いわて考
ぺっこらむ
こだわるにはワケがある
選挙報告
議会報告
視察報告
マニフェスト報告
県政報告会
ロスジェネフリートーク
壁に耳あり障子に目あり
マスコミ報道
サイトマップ
リンク
メール
バ〜バくん
日々是好日

5月23日(水)

『遠野小学校分教室』

 今日は一日視察に出かけました。午前中は、遠野小学校の空き教室を活用した「県立花巻養護学校遠野分教室」を見てきました。地域の長年の要望が実現され、今年4月からスタートした分教室ですが、現在2名の児童が通っています。ひとりはこれまで片道60キロの道のりを親に毎日送り迎えしてもらって、花巻養護学校に通っていました。トイレには子どもようの洋式便器、シャワーが完備され、入り口には自動ドアも設置され、ユニバーサルデザイン対応になっていました。分教室の先生は、障害児教育の専門知識を持った養護学校の先生ですから、受け入れる側の学校も何も心配ないようでした。分教室には、休み時間になると普通学級から児童が遊びにやってきて、交流しているようです。「子どもたちもいろいろと自分の頭で考えるようになった」と校長先生。今日は週末の運動会に向けた練習をやっていました。分教室のKちゃんは徒競走とリズムダンスに参加するとのこと。先生が指示してもなかなか踊らないKちゃんも、同年代の健常児たちのなかに入ると刺激を受け自然に体が動くんだそうです。

 午後は、岩手県立花巻養護学校に行ってきました。ここでも、週末の運動会に向けた練習をしているところでした。小学部、中学部、高等部合わせて152名の生徒がおり、その内寄宿舎で72名の生徒が暮らしていました。ちなみに、教職員数は125名ということでした。「江戸時代には、すでにノーマライゼーションもインクージョンもあった。寺子屋では、目が見えない子も耳が聞こえない子もいて、みんな一緒に学んでいた」など、障害児教育の歴史について、校長先生からいろいろ聞かせてもらいました。今日は、県の特別支援教育担当課長が一日同行しくれました。現場出身の課長なので、いろいろとよく分っており、とても助かりました。今日の視察から、統合教育をやる上での課題がいろいろ見えてきました。いずれ、養護学校分教室方式は、統合教育に向けた第一歩になっていくでしょう。

 分教室開設を後押しした遠野市の広報のコラム「市長ひとこと」で次のように書かれていました。「(前略)近年、数値目標を明確に示すマニフェストという言葉が主流になっています。課題解決を約束することは大事なことですが、「費用対効果」の視点に偏って評価・議論されてしまうと、大切なものを見失ってしまうのでは?とも思います。分教室の取り組みからは、数字に置き換えることのできない『こころ』の成果の大切さを改めて考えさせられました。」

 夕方、コナカ前で街頭演説をやりました。日が暮れるのがずいぶん遅くなりました。


5月22日(火)

『一足早いクールビズ』

 今朝は、西宮野目ファミリーマート前、金婚亭前交差点で街頭演説をやりました。朝から気温がぐんと上がり、演説していて汗ばむほどでした。午前中は、南部杜氏自醸清酒鑑評会に出席。午後は事務所で事務仕事、夜は北花地区環境衛生協議会懇親会など3件の会合に出席してきました。今日は日中、26度まで気温があがり、暑がりの私は半袖ノーネクタイで過ごしました。一足早いクールビズです。


5月21日(月)

『田植え日和』

 今日は、昨日までのすっきりしない天気を吹き飛ばすような快晴になりました。昨年に引き続き、今年も田植えのお手伝いに行ってきました。場所は太田地区のとある田んぼ。今年は古代米の苗を手作業で植えました。昨年一度経験したので、今年はスムーズに作業が進むはずだったのですが、どうも左の手のひらにのせた苗の束から、植える分ずつ(だいたい目安は3本)とるのが難しく、一向に前に進みません。のらりくらりと前進する私を横目に、田植え暦うん十年のお婆ちゃんは驚異的なスピードで進んでいき、あっという間に離されてしまいます。なんと、右手で苗を植えている間に左の手のひらにのせた苗の束を左の指でもぎ取るという離れ業をやってのけていました。お婆ちゃんにしてみれば離れ業でもなんでもないわけですが、とにかく見事なものでした。お昼前に無事作業が終了。お昼は、自家栽培のアロエや、狩猟した鹿の肉、大豆でつくったベジタブルミート、玄米のオニギリをいただいてきました。不摂生な生活で汚れた体が芯から洗われるようでした。

 午後は、地元の花北地区社会体育館建設について、下巾鍋倉線に係る工事について、それぞれ市の担当者から説明を受けました。桜台小学校の道路脇にある桜が伐採される可能性が大きいということで、なんだか寂しいような気がしました。夕方から、アルテ前、藤沢町交差点で街頭演説。たくさんのご声援をいただき、家の中から出てきて最後まで聞いてくれた方までいらっしゃいました。夜は会合に2件出席してきました。


5月20日(日)

『巧の技』

 今日は朝から行事がびっしり。スタートは、地元の桜台小学校の運動会。私が卒業して20年経ちますが、あの頃と同じ応援歌で感激でした。歌というのは不思議なもので、20年経ってもしっかり歌詞を覚えていてびっくりでした。次の行事へ移動しようとしたら、私の愛車アルトが他の車に囲まれ、出られない状況になっていました。時間もなく焦りましたが、アナウンスをかけてもらっても、誰も現れません。結局、車の誘導をしていたPTAの方3人に手伝ってもらい、車を一台持ち上げ、引きずって、強制移動。力ずくでなんとか脱出することができました。

 その後、知的障害者授産施設「わたぼうし」の農場開き、下若組大八車新調記念式典、大迫内川目小学校地区合同運動会に出席してきました。下若組の大八車は、大迫の伝統行事「あんどん祭」で主役をはる山車の車輪のことです。地元に伝承される巧の技で、一本の檜の木から美しい大八車を作り出す過程が映像で披露されましたが、圧巻でした。会場では、新調された大八車が披露されました。ここまでくると芸術ですね。大迫地区の運動会は、約80人の全校生徒と地元住民のみなさんが、ぬかるんだグランドを懸命に走っていました。規模は小さいですが、とてもアットホームな運動会でした。私が審査員を務めたダンスでは、ひとりの障害児が健常児に一緒にまざり踊っていました。障害児を真ん中において、その周りで健常児が様々な隊形をつくるというやり方でした。工夫すれば、障害児もこうして学友と共にできることがたくさんあるという一例ではないでしょうか。

 息つく間もなく、急いで花巻に戻り、市民茶会の最終組にギリギリで参加。今回で三度目の参加となりますが、過去二回、お正客に間違って座ってしまい恥をかいたので、今回はなんとしても座るまいと固く誓っていたのですが、運命のイタズラでしょうか。今回も、成り行きでお正客に座ることになってしまい、終始緊張しっぱなしでした。夕方は、消防第一分団第四部総会に出席。消防団員の減少に歯止めがかからずに、たいへん苦労しているようでした。なんとかしなくてはなりません。夜は、会合に2件出席してきました。今日は、ご案内をいただいた日程が10件ありましたが、結局8件しか回れませんでした。せっかくご案内いただいた行事はできるだけ出席したいと思うのですが、あまり無理をすると一ヶ所にいる時間が短くなってしまいただ顔を出すだけというジレンマに陥り、そのバランスをどうとるか、いつも悩みます。


5月19日(土)

『サユーリ・キッドマンの挑戦』

 今日はイベントをいくつか回ってきたあと、畑に苗を植えてきました。ジャガイモ、ナス、ピーマン、トマト、シシトウ、スイカ、そして生ビールを飲みながらのバーベキューを想定して、サンチュと枝豆。土づくりに比べて、なんともあっさり作業が終わってしまいました。果たして、これで本当に野菜ができるのか、一抹の不安を感じました。それにしても、あの雑草だらけだった土地が、こうして曲がりなりにも畑になって、緑の苗がかわいらしく顔を出しているではないですか。素人なりに感慨ひとしお、今から収穫が楽しみです。さあ、来週は昨年に引き続き、玄米と古代米の田植えです。

 夕方から、ビックハウス前、コナカ前、アルテ前、サンデー前で街頭演説。夜は、花巻の才女、畠山さゆりさんがオープンした『惣兵衛米』とお野菜のカフェ・レストラン「Sobe's Cafe」で、ご本人を目の前にして、スローフードを楽しんできました。無農薬玄米と新鮮な野菜・豆などの植物性食材でつくるマクロビオティックのコース料理をいただいてきました。私も今日まで知りませんでしたが、マクロビオティックとは、ひと言でいえば、ココロとカラダが本来持っている自然のバランスを取り戻せる食事法のことなのだそうです。住んでいる土地の産物を旬の時期に食べれることでバランスが整う「身土不二」を基本的な考え方にすえています。

 肉、魚、乳製品、化学調味料は一切つかわないオーガニックの食材と聞いていたので、お味噌汁にも唐辛子を入れるほどの味覚障害の私には物足りないだろうと思っていましたが、箸を口に運ぶごとに味の深みが伝わってきました。「内臓から洗われるよう」と、さゆりさんが言うのもうなづけました。それにしても、このスレンダーできゃしゃな体のどこにエネルギーがあるのかと思いました。ヒット商品『惣兵衛米』の開発などが評価され、「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」の第7位に選ばれた才女だと聞いていたので、いわゆる男勝りのバリバリのキャリアウーマンを想像していましたが、実際に会ってみると、ほわーんとしたやわらかい雰囲気のほのぼの系でとっても感じのいい方なのです。それでも、しゃべることはすごい。「絶対に無理だと言われるとやってやりたくなる」、「人生一度きり。楽しまなきゃ損」。私と同じ気質で、どうりで意気投合するわけです。マクロビオティックは、ハリウッド女優の二コール・キッドマンもはまっているんだそうですが、美しいさゆりさんは、さながら花巻の二コール・キッドマンだということで、勝手に「サユーリ・キッドマン」と命名してきました。


5月18日(金)

『意外な東北弁のルーツ』

 今朝は、東和町安俵の住宅地、土沢の総合福祉センター前で街頭演説をやりました。通りすがりの車から手を振ってくれる人が多くてうれしかったのですが、それてしても反応が良すぎて、戸惑うほどでした。今日は、花巻工業クラブの定期総会があり、続く記念講演では、IBCの菊池雪見アナウンサーが「方言詩の世界」と題して、お話されました。1時間15分という時間をまったく感じさせない楽しい講演でした。豊富なエピソードと、方言を交えた巧みな話術に抱腹絶倒しました。さすが言葉を商売にしてるだけあり、プロだな〜と感心しました。

 東北弁のルーツが、室町時代の京都にあったとは知りませんでした。室町時代と言えば、京都がもっとも雅だった時代です。ちなみに、今、京都で使われている言葉は江戸時代の言葉なんだそうです。狂言は室町時代に成立した伝統芸能ですが、東北地方で狂言の公演をやると、観客が日頃使っている言葉にセリフがそっくりなことに驚くことがよくあるというのは、そういうことに端を発しているらしいです。だから胸を張って東北弁を使おうと雪見さんは呼びかけました。18歳で上京した私は東北弁が恥ずかしくて仕方なかったのですが、今日の公演を聴いていて、自らの無知を恥じました。

 今朝の毎日新聞朝刊で、紙面を1ページ丸ごと割いて、インクルーシブ(包み込み)教育について特集していました。私も選挙のマニフェストに書きましたが、障害児が健常児から隔てられることなく、両者が同じ普通学級で学ぶ制度への関心と期待が高まっているようです。ちなみに、ヨーロッパではすでに教育の主流になっています。障害児教育専門の広島大大学院教授が次のように指摘していました。

▼少子高齢化が進むにつれて、大きな政府論では社会福祉の正常な維持が難しくなっている時に、人々が市民意識を持って互いに助け合い、役割を分かち合う社会を築きあげるには、子どもたちは学校現場でも同じような体験を持ち、意識を変える必要がある。この流れを発展させるために、教育現場ではインクルーシブ教育を志向せざるをえなくなった。▲

 単に教育改革にとどまらずに、社会改革にもつながるインクルーシブ教育を岩手でもなんとか進めていきたいものです。


5月17日(木)

『ツバメと暮らす老夫婦』

 今朝は、湯本小学校前、五郎城交差点で街頭演説をやりました。途中から雨がポツリポツリと降ってきて、終わるころには本降りに。知的障害者授産施設「こぶし苑」に通うTさんが、何度も何度も手をあげて「おはよう」と笑顔で言いながら、横断歩道を渡っていきました。渡り切る前に信号が赤になりかけ、ヒヤヒヤしました。

 午前中は、今年度の県南広域振興局花巻総合支局業務方針のヒアリングを受け、午後は東和町に挨拶回りに行ってきました。小山田では、築120年の素敵な古民家にお邪魔してきました。家の中に新聞がたくさん敷いてあり、聞けばツバメの糞対策だとか。家主が指差した天井を見上げると、なんとツバメの巣が4つもありました。割れた窓の小さな隙間からツバメが入ってきて巣をつくってしまったのだそうです。普通であれば、巣を取り払ってしまうところですが、逆にツバメが休息できる足場までつくっていました。ときどき、数羽の雛がそろって顔をひょっこり出すそうで、それがまた愛らしいと奥さんが嬉しそうに言いました。もはや家族の一員のようでした。帰り際、「ここまで来てこれを見て帰らなかったら損だ」と言われ、家主が裏庭に案内してくれました。クマガイソウが群生していました。雨に打たれた袋状の唇弁から滴る雫を大きな葉が受け止めていました。感激する私を見て、家主はとても満足げな顔をしていました。


5月16日(水)

『差し歯にしみる味』

 今朝は、桜台一丁目交差点、花巻駅西口岩銀前、花巻消防署前で街頭演説をやりました。岩銀前では、見知らぬ高齢者の方が話しかけてきてくれ、年金や地球温暖化の問題について、ご意見をいただきました。しきりに「世の中、便利になり過ぎておかしくなった」といったようなことを言っておられました。私の倍以上は生きておられるだろう方でしたので、言葉に重みがありました。今朝は、汗ばむほどの陽気で、まるで夏の朝のようでした。基本的に暑がりなので、先日から半袖シャツに切り替えましたが、それでも上着を着ているとやはり暑いですね。

 今日は、花巻市の前田小学校と若葉小学校の特別支援教育を視察してきました。前田小学校に通う弱視の障害児は、県のかがやきプランで派遣された非常勤講師とマンツーマンで漢字の成り立ちについて勉強していました。基本的には普通学級で学友と共に学んでいますが、授業の中身によってこのようなスタイルをとっていました。全校生徒25人の小さな規模の学校なので、障害児のニーズに合わせたきめ細かな教育が可能になっているようでした。上級生と下級生は兄弟のような関係なので、今年の卒業式では在校生も一緒になって泣いたんだそうです。障害児に対応したバリアフリー校舎の若葉小は、逆に全校生徒633人の大きな規模の学校なので、人手が足りずに1人ひとりの障害児に合わせた教育がなかなか難しいようでした。

 夜、同級生の友人が空港前に新しく開いた本格中華料理店「不・不(ぶぶ)」に行ってきました。北京、上海で修行を積んだ料理人だけあって、期待を裏切りませんでした。私も大学時代、北京、上海に語学留学に行っていたこともあり、中華にはそれなりにうるさいですが、本場に負けない絶品でした。とにかくおいしかったです。上海には、スクーターで転倒し、顔面から道路に激突して前歯を二本折った苦い思い出があります。差し歯に坦々麺の汁がしみました。


5月15日(火)

『高村祭』

 今朝は、花巻駅前、御宿玉川前、市役所前、上町商店街で街頭演説をやりました。御宿玉川と道路を挟んで向かい側に住んでいるのが中学の同級生だと知ったのは、昨年の花巻祭のときでした。「夜勤明けで朝寝てるときに、スピーカーを家に向けて演説するのやめて」と嘆願されました。以後、ここではスピーカーの向きを45度変えてやるようになりました。今朝は、家から奥さんと小さな子どもが出てきて、手を振ってくれました。彼は夜勤明けだったかな。

 午前中は、高村光太郎を偲ぶ第50回の高村祭が高村山荘詩碑前で開催されました。林に面した来賓席は、やぶ蚊?がぶんぶん飛んでいて、追い払っても、また次のやぶ蚊が飛んでくるといった具合で、たいへんでした。地元の小中学生による詩の朗読、楽器演奏の後、女優の二木てるみさんが「光太郎の風の中で…。」と題してご講演されました。お話もさることながら、着物姿がとっても素敵で見とれていると、隣にいた地元の建設会社の社長が二木さんの話をさらに分かりやすく解説してくれました。高村光太郎については不勉強なので、とてもタメになりました。普段はあまり難しいことを言わない方なのですが、熱心に光太郎を語る姿を見ていて、地元の方の誇りなんだな〜と感じました。

 今夜は、武士道の輪読会に参加して、「刀」と「武家の女性に求められた理想」について勉強してきました。読めない漢字があって、恥ずかしかったです。


5月14日(月)

『ドンキホーテ』

 今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前、松園町一丁目交差点、松園公園前で街頭演説をやりました。午前中は岩手県理容生活衛生同業組合花巻支部総会、午後は岩手県美容生活衛生同業組合花巻支部総会と、総会漬けの一日でした。

 型どおりの「しゃんしゃん総会」がほとんどですが、今日の理容の総会は、激しいやり取りがあり、見ごたえがありました。みんな早く終って懇親会という雰囲気のなか、手をあげて意見を言うというのはなかなかできることではなく、勇気のいることです。しかし、組織にはこうした物言う人がやっぱり必要だということを見ていて感じました。それも、まず始めに言い出す言いだしっぺが必要です。最初に質問をされた方がその後、何度も質問するものですから、いい加減に終わろうよという空気でしたが、その方の指摘が的を得ているものですから、次第に「そうだ、そうだ」という声があがり、他の方も手をあげてああだこうだと意見を言い始めました。とても実のある議論になったようでした。

 「岩手県議会のドンキホーテとしてがんばって」と退任直前の増田前知事から激励のお電話をいただきましたが、今日の総会のおじちゃんはさながら理容組合のドンキホーテのようでした。私もおじちゃんを見習って、がんばりたいです。


5月13日(日)

『小林さん来花』

 今日は午後から、「花巻の障害者問題を考える市民の会」主催の第17回総会並びに記念講演会がありました。講演会の講師は、宮城県石巻市のNPO法人障碍児と共に歩む「つながりの家」副理事長の小林厚子さん。今年3月に「共に学ぶ教育(統合教育)」の先進地視察でお会いさせていただいたご縁で、講師をお願いし、この日となりました。障害者の親や、養護学校の先生を始め、50人近くが参加してくれました。県教委の教育長にも参加していただきました。先日、是非聞いていただきたいと思って、一声かけましたら、お休みにも関わらず、本当に出席してくれました。なんというフットワークの軽さ。

 小林さんは、ダウン症の次男を普通学校の普通学級に通わせるため、学校や教育委員会、はたまた知事室にまで乗り込み、議論に議論を重ね、粘り強く交渉。固く閉ざされた普通学級の門戸をこじ開けた肝っ玉母さんです。次男は結局、小中の普通学級を卒業し、高校、大学にまで進学しました。自らの体験に基づいた話はときにユーモアにあふれ、説得力あるものでした。障害児が地域の人や学友に支えられながら、地域の普通学級で学ぶことの意味がよく分るお話でした。質疑では、実際に最近、障害を抱えた子どもを普通学校に入れたお母さんから切実な悩みも吐露され、一方で統合教育の難しさも浮き彫りになりました。


5月12日(土)

『うらやましきかな耕運機』

 今日は早起きして、昼過ぎまで事務所にこもり、事務仕事に没頭しました。午後は、コナカ前、サンデー前で街頭演説をやり、終了後、着替えて畑へ。今日は、石灰をまいて土を掘り起こす作業を、仲間にも手伝ってもらってやりました。風がとても強く、まいた石灰が拡散してしまうので、作業に手間取りました。私はスコップ、友人はくわを手に、もくもくと土を掘り起こし、石灰と土を混ぜ合わせました。畑作業でだいぶ上半身の筋肉が戻ってきたような気がします。作業が終了し、道具を片付けていると、草がぼうぼう生えた隣の畑にプロ農家用耕運機が登場し、あっという間に土を耕していきました。「すみません、こっちもやってもらえますか?」とお願いしたい欲求にかられましたが、これまで手作業にこだわってきたのでやめました。ささやかな意地です。1週間ほどほっといて、次はいよいよ苗を植える工程です。

 夕方から、お世話になった方のご子息の結婚式に出席してきました。500人近い出席者で、見たことがない結婚式でした。端っこの人の顔が豆粒大で、ほとんど見えませんでした。伝統を重んずる素晴らしい式でしたが、媒酌人の挨拶、祝辞が6人、詩吟の披露などがあり、乾杯になったのは式が始まってから1時間半後。私は光栄にも乾杯の挨拶の大役をいただいておりましたが、舞台に上がると、場の雰囲気がいささか殺気立っているのを感じ、3分予定していた挨拶を30秒に切り替えました。話すのが嫌いではない私にとって消化不良気味でしたが、「今までで一番いい挨拶だったぞ!」と数人の方からお褒めの言葉をいただき、聞く側と話す側の違いを改めて学びました。


5月11日(金)

『海外視察の是非』

 昨日で臨時議会が終わりました。私の新しい議席番号は13番。正面に向かって前から2列目の一番右になりました。1列目から2列目に変わっただけでも、ずいぶん眺めが違うものです。正副議長選は、波乱もなく、原則通り、議長には第一会派の民主県民会議から渡辺幸貫氏、副議長には第二会派の自由民主クラブから佐々木大和氏がそれぞれ選ばれました。新人議員が12人いるので、4分の1が入れ替わったことになります。議会内の雰囲気も少し変わりました。新しい岩手県議会のスタートです。

 常任委員会は、引き続き環境福祉委員会に所属することになり、初めての常任委員会で各委員と初顔合わせとなりました。驚いたことに、前回からの残留組は、私ひとりだけでした。それから、県政調査会の副会長に就任することになりました。会派では事務局長という役割もいただき、純粋無所属から会派に入った途端、一気に肩書きが増えました。それぞれ、しっかり責任を全うしたいと思います。ちなみに、6月議会で、一般質問をすることに決まりました。

 昨日の議会運営委員会で、共産党議員から県議の海外視察を凍結すべきとの意見があがり、見直しも含めて検討することが決まりました。理由は、県の厳しい財政難ですが、私は、海外視察は必要だと考えます。調査権がなくては、議員としてまともな仕事はできません。岩手県が遅れている分野で先を行っている他の先進地の事例を実際に目で見てくることは極めて重要です。実際に目で見て、感じなくては分らないことがたくさんあります。今年の初め、統合教育の先進地、宮城県石巻市に視察に行きましたが、文献だけでは分らない実態を学ぶことができました。その先進地が海外にしかないのであれば、海外視察も必要になります。

 問題とすべきは、海外視察そのものではなく、これまでの不透明な海外視察のありかたです。県議は1回の任期につき、120万円を限度に公費が支給される海外視察が認められています。帰国後は、報告書提出の義務付けや県議会ホームページででも公開されていますが、このことを知る県民はほとんどいないのではないでしょうか。そもそも、ホームページを閲覧できる県民は一部に限られています。結果、どれだけの必要性と成果があったのか、県民には分かりません。これでは、税金を無駄使いした豪華な海外旅行と疑われても仕方がないでしょう。

 何のために海外視察に行くのか、視察から何を学び、それをどう議員活動にいかしたのかを県民に説明する責任を果たすことが重要です。その説明責任を果たしてこなかったから、県民から厳しい目が向けられることになっているのではないでしょうか。海外視察そのものを見直すべきとの主張は、民主会派からもあげられていますが、はからずもこれまでの海外視察が税金を無駄使いした豪華海外旅行だったことを自ら認めているようなものです。

 私の改革案はこうです。海外視察の計画(何の目的で、どこへ、予算も含めた詳細の計画)を全戸配布される広報(岩手県議会だより)に掲載し、県民のみなさんに公開してしまうのです。事前に県民に分る形で税金で海外視察に行くことを大々的に宣言させるのです。これで、県議は帰国後、地元有権者に対する説明責任を果たさざるをえなくなるでしょう。財政難の本県にあって、選挙民の目は厳しさを増す一方です。この厳しい評価に耐えられるだけの中身のある視察をする自信のない議員は、視察に行けないでしょう。行きっぱなしで報告のない議員は、選挙で有権者の厳しい審判を受けることにもなるでしょう。

 現時点で、私は海外視察に行く必要性を感じる案件がありません。任期中にその必要性を感じなければ、行きません。もし、必要性が生じたときは、事前に宣言し、胸をはっていきたいと思います。帰国後は、地元有権者に対する海外視察報告会の開催は当然のことながら、報告書の新聞折込みもしたいと思います。今回の問題提起は的外れと言わざるをえませんが、問題提起自体はたいへん重要なことです。この問題提起すらなければ、不透明な海外視察の実態にメスを入れることにもならないわけですから、これをいいきっかけに透明性のある海外視察にするために、、議論を尽くしていかなくてはなりません。

 さて、議会外では、議員と執行部とマスコミによる恒例の三者懇談会がありました。執行部からは知事を始め課長級以上の幹部が出席し、マスコミも新聞、テレビ各社の記者が出席。みなさんと挨拶したかったのですが、なにしろ150人近くの人ですから、ごく一部の方にしかご挨拶できませんでした。新しく就任された相澤教育長は、私がマニフェストに掲げた統合教育(共に学ぶ教育)にかなり前向きで、意気投合。心強い思いがしました。現場からたたきあがってきた方で、私もおされてしまうほどの熱血漢でした。統合教育の推進に向けて、共に力を合わせてがんばりたいです。

 昨夜は、盛岡で第50回岩手県身体障害者福祉大会並びに第52回日本身体障害者福祉大会の歓迎レセプションに出席してきました。県の赤羽保健福祉部長の挨拶の中で、「岩手県の人口は140万人で、その内、障害者は7万人。実に20人にひとりが障害者ということになる(3分の2は高齢者)」とお話になりました。障害者の問題は決して他人事ではありません。いつ自分が、自分の家族が障害を抱えることになるのか分かりません。レセプションの会場では、手話と共に、挨拶される方の話し言葉をパソコンで文字に変換してスクリーンに映していました。マイノリティーの耳の聴こえない方に対する配慮ですが、逆に私のような耳が聴こえる人がマイノリティーだったら、どうなるでしょうか。私には手話が分かりませんから、手話を話し言葉に通訳してもらうなり、文字に変換してスクリーンに映してもらう通訳が必要になります。もし自分がマイノリティーの側だったらと想像する力がマジョリティーの側にあったら、お互いの違いを理解し、もっと障害者が行きやすい社会になるのではないでしょうか。

 昨日の朝日新聞の朝刊3面に、ロストジェネレーション世代が議会へ躍進したという内容の記事が大きく掲載され、私も取り上げられました。以下、該当記事抜粋。

▼古い政治の壁を乗り越える努力も続く。岩手県議に再選された高橋博之さん(32)は議会の会派に所属することにした。改選前に議会改革の条例案を1人で出そうとしたが、賛同者のめどが立たず提案できなかった。今回、自分の条例案に協力してもらうことを条件に無所属議員の会派への参加を決めた。「打ち上げ花火に終わらせないためにも、年配議員と協力するのは悪いことではない」と割り切る。▲

 今日の夕方、桜台一丁目交差点、花巻消防署前で街頭演説をしました。選挙が終わったばかりですが、以前より声援を送ってくれる方が増えているように感じます。また、話を聞いてくれる人も増えました。有権者のみなさんに政治に関心をもってもらえるように引き続きがんばっていきたいと思います。


5月7日(月)

『広い会派控室』

 今朝は、一日市商店街、浅沢の鳥海神社前で街頭演説をやりました。終了後、議会へ。今日から県議会がスタートします。初日の今日は全員協議会が開かれました。議会棟に入ってびっくり。事務局と報道陣が総出でお出迎えをしていました。当選証書と必要書類を提出し、その後、議員章(バッジ)が交付され、その場で職員の方に着用してもらいます。よくテレビでも放映される場面ですが、前回は補欠選挙だったため、振興局で箱に入ったまま手渡されるという味気のないものでした。今日は職員の方にバッジをつけてもらい、身の引き締まる思いでした。ただ、緊張のあまり、デジカメで写真を撮ってもらうのを忘れてしまいました。

 議員章交付後、その場で議席の抽選があります。通常、会派と当選回数によって議席は決まりますが、全員協議会の一日だけは、抽選で議席番号が決まるので、私のような当選回数の少ない新人議員が後ろの席で、5期目、6期目のベテラン議員が一列目といったようなことにもなります。私は27番議席で3列目の議席でした。まずは、議員の自己紹介があります。順番に、「○○選挙区選出の○○○○です。よろしくお願いします」と挨拶します。私は一番若いので一番元気に挨拶しようと思ったのですが、力が入り過ぎて、声が裏返ってしまいました。先輩議員から、「あなたはデビルマン?」と茶化され、なんとも恥ずかしかったです。それから、事務局幹部職員と執行機関幹部職員の紹介がありました。

 会派の控え室は所属議員の人数によって、広さが決まります。政和・社民クラブは9人ですので、これまでの控え室よりずいぶんと広い部屋に変わり、みなさんと並んで座る格好になりました。新人議員は4人なので、会派の中で私は中堅ということになりますが、私も一期目はたったの1年だったので、二期目といっても事実上一期目のようなものです。さらに、みなさん政治経験も人生経験も私より豊富な先輩方なので、いろいろ勉強させていただきたいと思います。今日は初日ということもあって、会派内の雰囲気もずいぶん和やかでした。全員協議会終了後、他会派や主だった職員の方にご挨拶に回ってきました。

 明日は臨時議会が開かれ、正副議長選が行なわれます。一部では、非民主で正副議長を独占しようという話もあったようですが、政和・社民クラブは、原則通り、第一党から議長、第二党から副議長というスタンスです。確かに民主色の強い知事ではありますが、県民から圧倒的な支持を受け当選されました。知事の政治信条ではなく、知事の政策に是々非々で挑むというのが第三局の役割になるんだと思います。夏には参院選が控えています。自民、民主のつばぜり合いが激しさを増していくでしょう。国政の政局がそのまま県議会に持ち込まれ、県民生活が振り回されてはなりません。党利党略ではなく、県民の利益になるのかどうかという是々非々のスタンスでいきたいと思います。ここにこそ、第三局の最大の存在意義があるのですから。


5月6日(日)

『土カエルにのけぞる』

 ゴールデンウィークも今日で終わりです。最終日の今日は天気が崩れましたが、昨日までは快晴が続きました。みなさんはどんな連休を過ごされたでしょうか。私の後半の連休は、毘沙門全国泣き相撲大会に始まり、各種行事やお花見会に参加、その合い間を縫って、コナカ前、イトーヨーカドー前、アルテ前、サンデー前で街頭演説をやりました。

 昨年に引き続き、泣き相撲には心が和みました。今年は20回目の記念大会ということで、全国から800人の豆力士が集まってきました。子どもや孫の晴れ舞台を見ようと、一人の豆力士に両親とそれぞれのおじいちゃん、おばあちゃんがくっついてきますから、大きな経済効果も期待できます。豪快に泣く子もいれば、両者ニコニコ笑って勝負にならなかったり、スヤスヤ寝てしまって行司さんの「よーっ!よーっ!」の掛け声にも無反応の兵がいたり、微笑ましい取り組みが続き、私も終始、頬がゆるみっぱなしでした。

 空いてる時間を見つけ、畑作業にも汗をかきました。くわで土を耕す作業は思いのほか疲れました。上半身が筋肉痛です。草むしりは腰にきます。根っこから切れずに抜いたときの感触がなんともいえず、時間を忘れて夢中に草を抜きました。最初は雑草が覆い尽くしていたのでどうなることかと不安でしたが、なんとか畑らしくなってきました。今日は土の中から土カエルが飛び出てきて、思わずのけぞりました。他にも多くの生き物が土の中で暮らしていることを知りました。隣の畑に降り立ったキジや、ヒラヒラと舞う蝶々・・・、今日はいろんな生き物に会いました。さて、いよいよ次は種まきです。

 明日は、当選後初めての議会となる臨時議会が開かれ、正副議長の選出が行なわれます。いよいよ二期目の議会がスタートします。


5月2日(水)

『議員発議条例検討チーム設置』

 今朝は、花巻南温泉郷ファミリーマート前、湯口郵便局前で街頭演説をやりました。雨だったので、合羽を着てやりました。午前中に会派の会合が入ったため、早めに切り上げ、盛岡へ。会派の役職ついて決めました。私は、事務局長、政策審議副会長、広報委員会副会長に就任することになりました。今回の「政和・社民クラブ」の目玉は、新しく設置することになった「議員発議条例検討チーム」です。条例提案を目指す私もメンバーに入りました。希望通り、会派の政策部分を担当することになったので、精一杯がんばりたいと思います。

 夜は、明日から始まる「第20回 毘沙門全国泣き相撲大会」の記念レセプションに出席してきました。今年は、1都26県から、総勢800人の豆力士が参加するようです。今や花巻の観光名物ともなり、全国に人気を誇る泣き相撲大会ですが、第1回大会の参加者はわずか25人だったそうです。20年間でここまで大きなイベントに育て上げた関係者の皆さまには、本当に頭が下がります。大会は明日から3日間ですが、天気もいいようです。明日の初日、私も豆力士の勇姿を見に行ってこようと思います。

 レセプションの帰り、尊敬する大先輩Mさんのお宅にお邪魔してきました。福祉に情熱を燃やすSちゃん姉妹もいました。私の目指す「共に学ぶ教育推進条例」を全面的にバックアップしてくれると激励していただき、とても心強かったです。議員発議の条例制定には、住民の協力が欠かせません。関係する県民をたくさん巻き込みながら、みんなの力で条例づくりに挑戦してみたいと思います。絶品の「ひきわり納豆そうめん」を最後にいただいて、帰ったのは夜中の2時近くでした。


5月1日(火)

『会派って何?』

 今朝は、西宮野目交差点、金婚亭前交差点、胡四王一丁目交差点、Aコープ矢沢前で街頭演説をやりました。選挙が終わったら、車の窓から私の顔をじーっと見て通り過ぎていく見知らぬ人が突如増えました。一体、どうしてでしょうか。不思議です。最近は、統一会派「政和・社民クラブ」に入った理由や、「有権者のみなさんも選挙で選んで終わりじゃない。みなさんも選んだ以上責任があるのだから、しっかり私の活動をチェック、監視してください」といったような内容について話しています。

 演説や会話の中で、普通に「会派」という言葉を使っていましたが、先日、ある市民から「会派って何?」と聞かれました。なるほど政治の世界では常用語ですが、一般的には確かにあまり使わない言葉かもしれません。簡単に説明すると、議会内で活動する議員集団の単位を会派と言います。会派に所属する議員の人数に応じて、常任委員会の割り当てや質疑の時間などが決められています。こんな説明でなんとなく分っていただけるでしょうか。

 今日はその他、地元の老人クラブの総会がありました。会員のみなさんからすれば私は孫のような存在ですから、「かわいい顔しているね〜」などと言われ、たじたじでした。夜は、選挙の反省会をやりました。反省会と称した飲み会は何度かやりましたが、真面目な反省会はまだでした。ボランティアスタッフの中心になってお手伝いしていただいたみなさんに集まっていただき、総括をやりました。次への課題がいろいろ見えてきました。選挙という貴重な体験から学んだことをしっかり次に活かしていきたいと思います。

 夜、東京の朝日新聞の記者さんから電話取材を受けました。今年からスタートしたロストジェネレーションの特集です。来週月曜朝刊の紙面に掲載される予定です。




Copyright (c) 2005 Hiroyuki Takahashi All rignt Reserved.