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日々是好日

12月31日(日)

『マイク納め』

 今年もいよいよ今日で終わりです。午前中は、事務所で事務仕事。お昼前から石鳥谷町キクコウストア前で街頭演説をやりました。若い女性から温かい缶コーヒーの差し入れをいただきました。ありがとうございました。挨拶回りをしながら花巻に戻り、午後はイトーヨーカドー前、アルテ前で街頭演説をやりました。ヨーカドー前では、東京にいる高校の同級生Aくんが声をかけてくれました。何年ぶりだったでしょうか。街頭演説は、こうして思わぬ再会のきっかけも与えてくれます。今日の日中もずいぶんしばれました。演説が終わるころには手がかじかんで、車の鍵を差し込むのに一苦労、鍵を回すのも両手でという具合になってしまっています。

 今年も1年を通じ、花巻市民のみなさんにはたいへんお世話になりました。私の場合はとりわけ毎日2時間の街頭演説をしているので、大きな声であちこちでお騒がせしました。1年間こうして無事に議員活動をさせていただくことができたのも、ひとえに皆様方のご理解、そしてご声援、ご支援あってこそのことと、心から感謝申し上げます。今日は、そんな感謝の気持ちを込めて、今年最後の街頭演説をさせていただきました。拡声器も1年間よくがんばってくれました。今年1年、本当にありがとうございました。みなさん、よいお年を!


12月30日(土)

『一足早い年越し』

 今日は午前中、挨拶回りをして、午後は散髪してすっきりしてきました。夕方からイトーヨーカドー前、アルテ前で、それぞれ1時間街頭演説。体感温度は、今年一番の寒さでした。演説開始直後は、ぶるぶる震えてしまいますが、10分くらいすると、寒さに慣れ(麻痺?)、平気になります。今日は、3人の方から熱い缶コーヒーの差し入れをいただきました。ホッカイロ代わりになりとてもありがたいのですが、5分もすると、冷めてしまいます。缶コーヒーの温かさもさることながら、差し入れしてくださる方の暖かい心が、何より私に力をくれます。この他、多くの方々からご声援をいただき、励みになりました。ありがとうございました。

 夜は、笹間の支援者宅で、一足早い年越しにお邪魔させていただきました。途中、親子で激しいバトルが始まり、どこの家も同じだな〜と妙に安心しました。それから、今日は、親戚の家でお餅をご馳走になり、これまた一足早い正月気分を味わいました。東京から戻ってきている親戚の顔を久しぶりに見て、年末を実感しました。


12月29日(金)

『チーズで握る寿司』

 今日の午前中は、花巻神社の大祓い、年越し祭に出席してきました。終了後、外に出てみてビックリ。ものの1時間で、辺り一面、銀世界になっていました。ようやく、冬将軍の到来です。大迫に行くと、雪がぴたりとやみ、路上に雪も積もっていませんでした。大迫商店街、スーパーみずかみ前で街頭演説をやり、お世話になった方のところを挨拶回りしてきました。あるチーズ工場に行くと、今日が仕事納めでこれから紫波のお寿司屋さんで忘年会をやるから一緒に来いということで、ありがたく付いていきました。ここのお寿司屋さんでは、チーズ工場でつくった出来立てのチーズ(早池峰醍醐)をネタに、なんとチーズのお寿司を握ってくれるとのこと。NHKも取材にきたそうです。わさび醤油でいただきましたが、なんだか不思議な食感でした。ご飯とチーズ、意外に合うんですね。

 午後は石鳥谷のキクコウストア前、花巻のイトーヨーカドー前、夕方はアルテ前で街頭演説をやりました。凍てつく寒さの中、震えを抑えながらの演説となりました。とにかく今日は寒かったですね。夜は、1件忘年会に参加してきました。


12月28日(木)

『正月返上』

 今朝は、湯本中学校前、松園公園交差点、若葉町ファミリーマート前、一日市商店街で街頭演説をやりました。終了後、事務所でスタッフのみなさんと来年の拡大県政報告会や事務所開きについて、諸々打ち合わせ。午後は、お世話になった方々のところへ挨拶回り。夕方、花巻南温泉郷ファミリーマート前で街頭演説。夜は、ある福祉施設の忘年会に出席。温泉でやる忘年会は、なんだか開放的な気分になっていいものですね。目隠しして1分をあてるゲームで、私は1分53秒。ブービー賞でした。

 来年の4月は選挙です。昨年同様、今年も、暮れ、正月返上で地元活動をすることになりそうです。元旦には、東和の毘沙門の裸参りに参加してきます。地元の伝統文化に参加することなくして、伝統文化を語ることはできませんからね。胡四王山、五大堂の蘇民祭と同じようなものだと思って、先日申し込みに行きましたら、神官さんから「本当に出るの?大丈夫?」となんだか意味深な問いが。詳細を聞けば、大晦日の夜11時半に猿ヶ石川に素っ裸で飛び込み、身を清め、そのままサラシを巻いて、1時間半かけて神社までゆっくりと階段を登っていくとのこと。そんなこと聞いてねーぞーと思いながらも、今さら「やっぱり出るのやめます」というのも格好悪いので、「大丈夫です。毎朝、街頭で鍛えていますから」と強がって、帰ってきました。本当に大丈夫ですかね。心筋梗塞にならないように、がんばってきます。


12月27日(水)

『報告会納め』

 今日は、桜台一丁目交差点、花巻駅西口岩手銀行前、豊沢川土地改良区前、Aコープ矢沢前で街頭演説をやりました。今朝は雨降りでしたが、12月とは思えないほど、暖かかったです。去年の今頃は町中もだいぶ雪が積もっていましたが、今年はまったく雪が降りません。なんだか、暮れという感じがしないのも、雪がないせいでしょうか。

 午前中は、岩手日日、岩手日報の取材を受け、次期県議選へ出馬の意思を固めたことを伝えました。前回の補選同様、政党や企業、業界団体といった既存の組織の支援は一切受けず、ボランティアを中心とした草の根選挙で再選に挑みます。一票一揆、第二ラウンドです。午後は、お世話になった方々のところを挨拶回りしてきました。花巻空港の問題についていろいろお話してきましたが、同じ経済人でも、若手のみなさんは私の考えに近いという方が、こうして回ってみると多いです。

 夕方は、南城のサンデー前で街頭演説をやり、夜は山の神公民館で今年最後の県政報告会をやりました。暴風のなか、10人のみなさんにご参加いただきました。今年最後ということで、私も気合いを入れて、お話させていただきました。質疑では、国道4号線の拡幅工事についての意見が出ました。こうして地域に足を運び、みなさんの話を聞いていると、それぞれの地域にどんな問題があるのか知ることができ、勉強になります。

 報告会終了後、ある病院の集まりにお邪魔させていただきました。院長夫婦の計らいで、スタッフのみなさんと直接お話させていただく機会をいただき、ありがたかったです。若い女性のみなさんが中心でしたが、教育の問題や、子育てに関わる問題など、みなさんの不満や悩みを聞かせていただきました。正直、私は子供がいないので、育児支援の問題についてよく分からず、しっかりしたことを説明することができませんでした。それでも、子育てしているママさんたちがどんな思いで暮らしているのかを知ることができ、いい勉強になりました。初めてアイスの天ぷらを食べましたが、これはおいしかったです。


12月26日(火)

『超高齢化社会の先頭』

 今朝は、花巻駅前、御宿玉川前、市役所前、上町商店街で街頭演説をやりました。今朝は氷点下4度でしたが、体感気温はもっと低いような気がしました。とにかく寒い。途中、意識がもうろうとして、握っているマイクが、とても大きくて重い電信柱のように感じるという不思議な体験をしました。玉川前で「ホッカイロがわりに」と手渡された缶コーヒーには救われました。

 午前中は、東和病院付属田瀬診療所の廃止について、医療局から説明を受けました。その後、県政報告会の回答書を作成し、午後は挨拶回りしてきました。夕方から、商工会議所の叙勲祝賀会に出席。途中退席し、夜は、八幡公民館で県政報告会をやってきました。

 雨降りのなか、6人の方に参加していただきました。会場に入り、参加者の顔ぶれを見ると、6人中5人はリピーターというこれまでになかった不測の事態に。「まずい、同じ話ができない」と動揺してしまいましたが、先日の同志のアドバイスを思い出し、「よしっ。今日は、参加者の話をじっくり聞いてみよう」と開き直り、対話という新しい形式で報告会をやりました。みなさんそれぞれ言いたいことがあるようで、いつもの質疑の時間よりもたくさんの意見が出ました。聞く側(私)の姿勢で、話し手(参加者)の意識も変わるということを学びました。今夜は、話が途中で詰まったり、格好は悪かったですが、参加者の心と触れることができ、新鮮な県政報告会でした。

 その後、参加者のひとりに連れられ、石鳥谷町内のとある民家にお邪魔してきました。みなさん、ゆで卵をむきながら、ビール片手に、小さな市役所構想について、ああだこうだと意見を言い合っていました。参加者は、普通の市民。そのなかに、ひとり地元の市会議員もいて、自分たちのまちづくりについて、熱心に語り合っている光景に、民主主義の原点を垣間見たような気がしました。役所任せの「お任せ民主主義」から、住民主体の「本物の民主主義」への胎動が、ここにもありました。

 最後に、今日の岩手日報朝刊の社説「縮むニッポン〜未来の姿は岩手にある〜」について。「本県の高齢化社会は全国平均のほぼ10年先を進んでいて、川井村や西和賀町に至っては、50年先の高齢化社会を実現している。(中略)65歳以上の世帯が50%を超す『限界集落』が諸問題を抱えながらも、人々が暮らしていけるのは互いに支え合う共助(結い)の精神がまだ息づいているからだ」と指摘しています。県政報告会で大迫の折壁集落、大洞集落にお邪魔して以来、この人たちはこれから先どうやって暮らしていくんだろうと考え続けています。

 広大な面積を有する本県は、人口減少の影響を真っ先に受けるものと予想されます。互いに支えあう共助の精神は、それぞれ役割の違う老若男女がある程度のかたまりとして集まってることが前提として必要です。足腰が衰えた独居老人が点在して暮らしていては、共助の精神も何もあったものではありません。加えて、今後の低成長時代において、郊外に伸ばしてきた道路や上下水道といった社会インフラを維持していくのは、財政的に非常に困難になってくるでしょう。

 こうしたことから、私はいずれ、移住政策による集落の再編、あるいはコンパクトシティーが必要になると考えています。その際、廃校になった校舎を共同住居として再利用するなどの方策も考えていくべきでしょう。すでに、その先駆けになっている施策があります。「がけ崩れ危険住宅移転促進事業」と「モデル介護支援ハウス事業」です。しかし、こうした考えは、過疎地切捨ての批判を免れないでしょう。確かに、先祖代々住み続けてきた土地を離れるというのは、決して簡単なことではありません。しかし、今のままでは早晩、こうした集落の暮らし自体がなりたたなくなってしまいます。いずれ、「人口減少社会」と「超高齢化社会」の先頭を走る本県ですが、見方を変えれば、日本に新しい社会のモデルを提示するチャンスでもあります。岩手から日本を変える、それぐらいの気概とビジョンを持って、県政に携わっていきたいものです。


12月25日(月)

『あれから1年』

 今朝は、西宮野目ファミリーマート前、金婚亭前、ローソン花巻インター店前で街頭演説をやりました。今日は終日、挨拶回り。笹間から成島まで回ってきました。夕方から、JA東和支所前で街頭演説。夜は、会合に2件参加しました。

 今日はクリスマスですが、思い起こせば、昨年の今日、補選への出馬表明をしました。今日、ある新聞社から次期県議選について、取材を受けました。選挙に向けて、どのような後援会活動を行っていくのかと聞かれ、「特別なことは何もしない。日頃の活動を評価してもらう場が、選挙だ」と答えました。まだ、正式な出馬表明はしていませんが、近いうち、態度を明らかにしたいと思います。


12月24日(日)

『選択肢がない』

 今日は午前中、お世話になっている方の引き回しで挨拶回りして、お昼過ぎから、サンデー前、アルテ前で街頭演説。午後は盛岡の会合に出席。夜は、今後のことについて、思いを共にする方々といろいろ意見交換をさせていただきました。大義のためとはいえ、それぞれの立場や考えの違いを乗り越えて妥協点を見出すことがいかに難しいか、思い知らされました。

 それにしても、気になるのは知事選です。このままでは、政策論議なきままに知事が決まってしまうということになりかねません。選択肢がないということほど、有権者にとって不幸なことはありません。極めて憂慮せざるをえない状況です。


12月23日(土)

『人生は素晴らしい』

 今日は午前中、花北地区を挨拶回り、会合に1件参加。お昼前から、障害児のクリスマスパーティーにお邪魔してきました。昨年は、トナカイの役を仰せつかりましたが、子供たちから「トナカイなのに二本足で立って歩くのはおかしい」と指摘され、お母さんたちが見てる前で、四つんばいになって歩くという恥ずかしい体験をしました。今年は遅れての参加となったため、トナカイ役を免れることができました。同級生の赤ちゃんを3回も泣かせてしまい、参りました。

 午後は、石鳥谷町キクコウストア前で街頭演説をやりました。途中、温かい缶コーヒーの差し入れをいただきました。温かい飲み物の差し入れが、骨身にしみる季節になりました。花巻に戻って、イトーヨーカドー、アルテ前で街頭演説。夜は、忘年会をはしごしてきました。選挙を通じて出合った若い仲間の無尽では、一人ひとりマイクを握って、熱い思いを語ってもらいました。幼稚園からの幼馴染、中学の同級生、高校の同級生、花巻に帰ってきてから出合った仲間、いつも怒られてばかりいる先輩…。日頃、チラシ配りの手伝いをしてもらったり、愚痴を聞いてもらったり、励ましてもらったり、心配してもらったり、いろいろ助けられているわけですが、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 いつか、誰かが言っていました。「人間には、必ずその人でなければできない役割がある。みんなそれぞれ使命を持って生まれてくる。だから必要のない人間はいない。問題は、その使命が書いてある封筒を開けることができるかどうかということ」。封筒を開けることができる人間と、開けることができない人間の違いは、生きることにどう向き合うかの差だと私は思いました。自分が何のために生きているのかを考える、言い換えれば、生きることと正面から向き合うことなくして、封筒を開けることはできないのだと思います。人生を漫然と受動的になんとなく生きているだけでは、封筒の存在にすら気付かないで終わってしまいます。

 私に封筒の存在を教えてくれたのが、知的障害者の姉でした。施設から実家に帰省すると、朝から晩まで一日中、よだれを垂らしながら、ウォークマンのボリュームを最大にしてピンクレディーや童謡を聞いている姉を見ていて、私は中学時代から生きる意味を考え続けました。姉は、自分で好きな人を見つけ、恋愛して、結婚もできない。自分の好きな勉強をして、希望の職業にもつけない。自分で稼いだお金で友人と飲みに行くことも、好みの洋服を買って着飾ることもできない。極端な話、ただ生きているだけ。それに比べ、自分はやろうと思えば、何だってできる。人生に意味を持ちたい。たった1回ポッキリの人生、目的を持って、精一杯生きたい。そう考え続け、私は自分の封筒を開けることができました。

 私は今、自分の人生に納得して生きています。一分、一秒、無駄にしたくない。もちろん、うまくいかずにめげることもあります。それでも、人生の目的に向かい、自分の足で主体的に生きているという充実感があります。私は出合った仲間たちに、ただ応援してもらうということではなく、この封筒の存在について伝えていきたいです。


12月22日(金)

『変化』

 今朝は、胡四王一丁目交差点、東和町総合支所前、福祉センター前、土沢商店街で街頭演説をやりました。終了後、東和町、石鳥谷町、笹間、横志田と挨拶回りをしてきました。昼過ぎに事務所に戻り、午後は山の神地域を戸別訪問してきました。日暮れが早く、4時半になると真っ暗です。夜は、石鳥谷町好地の第18区公民館で県政報告会をやりました。今夜は、10人の方が参加してくれました。質疑では、競馬問題が出ました。すぐにでも廃止した方がいいという意見が多勢でした。私の県政報告会は最初に1時間、私の方からお話をさせていただくわけですけれども、県政報告は20分程度、それ以外の時間は、なぜ政治家を目指したのか、生きることの素晴らしさといったことをお話させていただいています。

 今日は、ずいぶん久しぶりに同志に会いました。人間、ここまで変われるのかと、正直、驚きました。彼には未知ののりしろ部分がたくさんありましたが、しばらく会わない内に、しっかりそののりしろ部分まで成長していました。人と優劣を比べてばかりいた自分本位の彼は今、それぞれの人間にしっかりと目を向けていました。今日は、彼にいろいろ教えてもらいました。お互い、志を成すために、がんばりたいと思います。


12月21日(木)

『進入灯の端っこ』

 今朝は、湯本中学校前、五郎城交差点、狼沢交差点、椚ノ目交差点で街頭演説をしました。冬休み間近の子供たちの足取りもいつもより軽やかで、表情も明るいです。子供たちの屈託のない笑顔を見ていると、心が和み、元気をもらいます。午前中は、宮野目方面を挨拶回りし、午後は人と会うために一ノ関へ。夕方、花巻に戻り、山ノ神を戸別訪問。真っ暗になると、地図をチェックするのも楽ではありません。携帯電話のわずかな光を地図にあてながら歩いていると、今度は足もとが不注意になり、水たまりでかっぱりすることも。明るいところに出てみると、足元が泥だらけになっていました。

 夕方は、コナカ前で街頭演説。夜は、江曽公民館で県政報告会をやりました。江曽地域に来るのは、これが初めて。花巻空港の滑走路の進入灯の一番端っこに、ちょうどこの公民館がありました。日頃、空から見ているライトを地上でこれだけの距離から見るのは初めてでした。それにしても、選挙区でも、まだまだ回りきれていないところがたくさんあります。今夜は、5人の参加者でした。質疑では、お役所仕事はいかに無駄が多いかという声がありました。「部落以外の人間がこの公民館を使ったのは初めてだ」と江曽のみなさんは歓迎してくれ、とても和やかな雰囲気の報告会でした。夜は、事務所で事務仕事、原稿書きをしました。


12月21日(木)

『進入灯の端っこ』

 今朝は、湯本中学校前、五郎城交差点、狼沢交差点、椚ノ目交差点で街頭演説をしました。冬休み間近の子供たちの足取りもいつもより軽やかで、表情も明るいです。子供たちの屈託のない笑顔を見ていると、心が和み、元気をもらいます。午前中は、宮野目方面を挨拶回りし、午後は人と会うために一ノ関へ。夕方、花巻に戻り、山の神を戸別訪問。真っ暗になると、地図をチェックするのも楽ではありません。携帯電話のわずかな光を地図にあてながら歩いていると、今度は足もとが不注意になり、水たまりでかっぱりすることも。明るいところに出てみると、足元が泥だらけになっていました。

 夕方は、コナカ前で街頭演説。夜は、江曽公民館で県政報告会をやりました。江曽地域に来るのは、これが初めて。花巻空港の滑走路の進入灯の一番端っこに、ちょうどこの公民館がありました。日頃、空から見ているライトを地上でこれだけの距離から見るのは初めてでした。それにしても、選挙区でも、まだまだ回りきれていないところがたくさんあります。今夜は、5人の参加者でした。質疑では、お役所仕事はいかに無駄が多いかという声がありました。「部落以外の人間がこの公民館を使ったのは初めてだ」と江曽のみなさんは歓迎してくれ、とても和やかな雰囲気の報告会でした。夜は、事務所で事務仕事、原稿書きをしました。


12月20日(水)

『お茶っこでも飲んでけ』

 今朝は、桜台一丁目交差点、西大通り二丁目交差点、花巻消防署前交差点、HAIKARAYA前で街頭演説をやりました。吐く息がまっ白。いよいよ冬本番ですが、冬将軍の姿はまだ見えず。雪があると演説場所を確保するのに一苦労するわけですが、雪がなければないでさみしいような気もします。ヨーロッパでは、1300年ぶりの暖冬だとか。地球の異変ぶりが気になります。

 午前中は、お願いごと、相談に歩き、午後は事務所で事務仕事。県政報告会の各会場で出された質問や要望に対する回答書を作成し、郵送。その場で答えられることについてはその場で答えますが、答えられないものについては後日速やかに調査し、参加者全員に回答することとしています。聞きっぱなしというのは単なるガス抜きに過ぎませんから、いかに早く答えるかが大切なことだと思います。ただ、なかなか速やかにというわけにもいかないのも現状です。

 夕方から、山の神地域を戸別訪問。ほとんど来たこともない地域なので土地勘がなく、回り方も非効率になってしまいます。途中、あるお店でお茶をご馳走になりながら、山の神の歴史について、勉強させてもらいました。この方は新聞に投稿するのが趣味で、これまでの戦績は9戦8勝。すごい勝率です。それにしてもこの時期の挨拶回りは、寒さとの戦いでもあるので、「ちょこっと、お茶っこでも飲んでけ」の一言がありがたいです。そのあと、サンデー前で街頭演説をして帰ってきました。

 夜は、会合に参加してきました。


12月19日(火)

『ざっこが死んだ川』

 昨夜遅くまで飲んでいたので、今朝は運転を控え、街頭は夕方に。午前中は、大迫の水質汚濁現場に視察に行ってきました。今年7月、養豚施設から汚水が垂れ流され、それが沢水に流れ込み、川を汚染したという事件が発覚しました。この集落に暮らす住民は、この沢水を飲料水や農業用水に使っています。「ざっこ(魚)がぜんぶ死んでしまった。昔は、このあたりの川にはウナギものぼってきて、ホタルもよく飛んでいた。あのころの川に戻したい」という住民の声が胸に響きました。現場を歩き、事件当時の川の様子を写した写真を見ていて、憤りを覚えました。ちなみに、公害防止協定に基づき、無条件で事業の全面停止をすることになりました。この事件をきっかけに、集落のみなさんが勉強を開くなど、自分たちの地域の自然環境を守っていくという意識が高まっているようでした。

 お昼はある会社にお邪魔し、いろいろご意見をいただきました。午後は、東和町を挨拶回りしてきました。夕方から、西宮野目ファミリーマート前、二枚橋交差点で街頭演説。夜は、二枚橋会館で県政報告会をやりました。10人の参加者でした。すべて男性で、少し固めの雰囲気での報告会でした。質疑では、情報公開について、意見が出されました。夜は、事務所で事務仕事、原稿書きをやりました。


12月18日(月)

『発想の転換』

 今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前、松園町コイン洗車場前、金婚亭前で街頭演説をやりました。終了後、事務所に戻って、事務仕事。午後は、東和町を挨拶回りしてきました。今年は昨年に比べてずいぶん雪が少なくていいですね。昨年の今頃はドカ雪が降っていましたが、あの中を挨拶回りするのは一苦労でした。夜は、会合に出席してきました。

 今日の会合で、花巻も早く盛岡に追いつかなければならないという方がおり、真っ向から反論してきました。これまでの地方は、東京に追いつけ追い越せと東京の物まねをやってきたわけですが、そんなことをやっていても、岩手は永遠に東京に追いつけません。同じことが県内にも言えます。盛岡に追いつこうと、盛岡にあるものをなんでもかんでも持ってこようとしても、花巻は永遠に盛岡に追いつくことはできません。東京のようになりたい、盛岡に追いつきたいという発想をなくすところから、地域の活力は生まれるのではないでしょうか。

 大切なことは、誇りです。その地域に暮らす住民が誇りを持たずして、どうして地域の活性化などありえましょうか。誇りを持つためには、個性を磨き、際立たせることです。東京や盛岡を目指し、ないものねだりをしても、個性が光り輝くということにはなりません。それは今の地方の現状を見れば明白です。これからは、「ないものねだり」ではなく、「あるものさがし」です。足もとにある価値を磨いていくためには、霞ヶ関の「国庫補助金」というしばりから地方を解き放ち、地方が自主財源を手にすることです。それこそが、地方分権です。国や県から予算を持ってくるという時代は、早晩終わります。また終わらせなければ、この国は立ち行かなくなります。国や県からたくさん予算を持ってきた地域ほど発展しているなどという事例はありません。むしろ地域の没個性を助長し、借金の山をつくってきたという事実に目を向ける必要があるのではないでしょうか。


12月17日(日)

『舞い納め』

 今日は午前中、盛岡での会合に来賓として出席。1時間近く正座していて、変な汗をかきました。数百人のみなさんの前で話すのは選挙以来だったので、少し緊張しました。途中で退席し、大迫へ。お昼から、大償神楽の定期総会に出席。そのまま、同じ会場で、神楽の舞い納めを見てきました。小学生男児による鳥舞、三番叟は、ところどころ、転びそうになったり、幕の裏に下がるとき、ひっかかってなかなか消えることができないなど、ユニークな場面に会場から笑い声が上がりました。その後は、大人による演目。最初のふたつの演目を見てきました。次に、早池峰神社に行き、岳神楽の舞い納めを見てきました。岳集落はもう雪が積もっていて、吹雪いていました。

 夕方、花巻に戻り、イトーヨーカドー前で街頭演説。寒くて、手がかじかみました。それから、大迫の「われわまちづくりの風おこし隊」のイベントに顔を出してきました。スライドで、早池峰山に咲く花々の美しい姿を見てきました。大迫の宝、早池峰を花巻の人にもっと知ってもらおうということで企画されたようですが、花巻の人の姿がほとんどなかったのが残念です。前日には岩手日報で大きく取り上げられていますから、イベントがあることはみなさん知っているはずです。神楽にしても、この早池峰山にしてもそうですが、どれだけの花巻人が知っているでしょうか。足元にある素晴らしい価値に目を向けることもせず、花巻が観光の町になることなどありえません。地元の人々に愛される観光資源こそが、光り輝き、外から観光客を引き寄せる力を兼ね備えるのだと思います。

 夕方は、吹雪の中、アルテ前で街頭演説。ひとり、私の横に来て、最後まで聞いてくれる方がいらして、感激しました。夜は、北万丁目会館で県政報告会をやりました。天候が悪いなか、4人の方に参加していただきました。質疑では、競馬問題が出ました。みなさん、やはり競馬は廃止した方がいいという意見でした。競馬の新しい融資案に県民のみなさんの理解を取り付けるのは、容易ではありません。その後、会合に1件出てきました。


12月16日(土)

『過保護は子供のためならず』

 今朝は、5時起床。事務所で事務仕事をして、午前中は仲間に手伝ってもらい、チラシ配りをやりました。午後は、お世話になった方の葬儀に出席し、その後、アルテ前で街頭演説。温かい缶コーヒーの差し入れをいただきました。ありがとうございました。夕方は、下二枚橋公民館で県政報告会。公民館に入って、すぐ目に飛び込んできたのが、「日々是好日」の書。私の好きな言葉のひとつで、この日記のタイトルにもなっています。今日は、女性3人の参加者でした。ひとりは、私の小学校1、2年の担任のS先生でした。生活指導の担当でもあったS先生にはいつも叱られ、ときには物置に入れられ、鍵を閉められたこともありました。怖さの中にも優しさが同居している熱血先生でした。もうあれから20年以上たちますが、先生を前にして話をするのは、なんだか照れました。質疑の時間は、教育の問題について、いろいろお話させていただきました。私のころと今では、ずいぶん教育の現場も変わってしまっているようでした。最後は、親が悪いという話になりました。子供のために良かれと思ってしている過保護が、結局、子供から生きる力を殺いでいるとみなさん指摘していました。

 夕方から6件、忘年会やクリスマスパーティーなど、会合を回ってきました。ホームステイ協会のみなさんは、とても明るくて、すごく好きになりました。外国人を家に受け入れるぐらいですから、やはり開放的で、スカッとした人が多かったです。私も大学時代、南米、アジアをひとり旅しましたが、行く先々で、現地の人たちに助けられ、温かいもてなしを受けました。話す言葉や肌の色は違っても、同じ人間なんだな〜と感じ、感謝したものです。


12月15日(金)

『命は宇宙からの授かりモノ』

 今朝は、胡四王一丁目交差点で街頭演説をした後、急遽、午前中に用事が入ったので東和まで行けず、予定を変更して、Aコープ矢沢前で街頭演説。今日もまた、多くの心ある有権者のみなさんの声援をいただき、励まされました。終了後、人に会うために、水沢へ。昼過ぎに花巻に戻り、午後は事務所で事務仕事。県政報告会で出た質問に回答するため、調べ物。その他、要望への対応。夕方から、旧花巻市内を挨拶回り。空港近くのレストランの店長から、意外にも空港問題に対して激励いただきました。それぞれの立場でいろいろ考えが違います。いずれ、日本は北朝鮮ではありません。民主主義国家ですから、多様な意見があるということは、健全なことだと思います。

 東和町サンライフ前で街頭演説をした後、夜は、成島公民館で県政報告会。駐車場に車を停めて、外に出ると、清流のせせらぎの音が耳に飛び込んできて、心が癒されました。見上げれば、満天の星空。今朝、大先輩から教えていただいたことを思い出しました。「命は宇宙から授かるもの。人間が自由に扱うものではない。自分のもののようで、自分のものではない」。今の日本では、この大原則がすっかり忘れられているような気がしてなりません。自殺が多いのも、このことと無縁ではないだろうと思います。

 今の日本では生きることが実に当たり前になり過ぎて、軽くなっています。子供たちがたくさん自殺していますが、考えられますか。10代で人生に絶望し、自ら命を絶ってしまう。10代ですよ、10代。よーいどんで人生が始まったばかりなのに。山で言えば、まだ登山口から入り、トロッコをてくてく歩いているとことです。生い茂る樹木のなかにいて、山がどんな形をしているのか、山頂がどんなだかも分からない。分からない、未知だからこそ、希望も生まれるというものです。見えないからこそ、人は希望を持ち、歩き続けます。これから真っ白なキャンパスに自分が思う描く絵を自由に書くべきときに、すでにキャンパスは真っ黒。10代で人生に絶望し、自殺する社会とは一体どんな社会でしょうか。

 私はまず、大人が悪いと思います。子供の自殺ばかり注目されているますが、自殺者全体の中に占める子供の割合は、たかだか数パーセントです。ほとんどが、40代、50代が自殺している。つまり、人生に行き詰ったら死ねばいいという選択肢を大人が見せてしまっていることがまず問題だと思います。それから、今の日本は平和過ぎます。戦時中、飢え死にする人もいれば、病気にかかり適切な医療を受けれずに死ぬ人もいました。何より、戦死する人がたくさんいた。つまり、身近なところに「死」がありました。生死が隣り合わせだったからこそ、一方で生きることに重みを感じ、感謝し、ひたむきに生きていたはずです。

 ところが、今の世の中、女性の平均寿命は世界一。なかなか死なないと言ったら怒られますが、いずれ世界で一番長生きする長寿大国です。戦争も知らない、テロもない。「死」がどこか遠くにいってしまいました。生死が隣り合わせではなくなったので、一方で生きることに重みを感じられない。いずれ、今、日本人一人ひとりに問われているのは、生きるという原点に立ち返ることだと思います。それを教えてくれるのが、障害者たちです。私自身がそうでした。知的障害者の姉が身近なところにいたからこそ、私にとって「生きる」ことは決して当たり前ではなく、中学時代から「生きるってどういうことだろう。人間って何なんだろう。自分は一体何をしなければならないのだろう」ということを考え続けました。この考えるということが、生きることに立ち向かうということだと思います。このことが今、私の揺ぎない土台になっています。

 こんなことも、県政報告会ではお話させていただいています。今日は10人の参加者で、ほとんど女性でした。ですから、私もいつも以上に穏やかな話口調でした。質疑では、いつまで無所属でいるのか、会派に入るつもりはないのか、聞かれました。私は今は、無所属でいる方が県民のみなさんの利益のために働けると思っているからこそ、無所属でいます。これから先、会派に入った方が県民のみなさんの利益につながると判断するときが来たら、しっかり説明した上で、会派に入る、あるいは自ら会派をつくりたいと思います。


12月14日(木)

『日米国際交流』

 今朝は、石鳥谷好地高橋商店前、石鳥谷中学校前、総合支所前、駅前商店街、文化タクシー前で街頭演説をやりました。終了後、挨拶回りをしながら花巻に帰ってきて、午後は二枚橋地域を戸別訪問しました。途中、ある会社にご挨拶に行くと、「コートくらい買ったら。寒そうでみてられない。でも、政務調査費で買っちゃ駄目だかね。ちゃんと歳費で買いなさい」と、ご心配していただきました。私がコートを着ないのは、秘書時代から職業病です。ピンポンを鳴らす度に、コートを着たり脱いだりするのも面倒なので、着ていません。合理的だと思っていましたが、体を壊したら、非合理的ですね。

 夕方から事務所で事務仕事を一通り片付けて、夜はお世話になっている商社の忘年会に出席するため、花巻温泉へ。社員の出しものに大うけしている日本人を、ゲストのアメリカ人が冷めた目で見ているのが滑稽でした。やはりアメリカ人とは笑いのツボが違うんですかね。そもそも、アメリカには忘年会という文化はあるのでしょうか。私も体を張った日米国際交流をしてきました。


12月13日(水)

『枕詞』

 今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前、松園町交差点、西大通り二丁目交差点で街頭演説をやりました。気温はそれほどでもなかったのですが、路面がテロテロに凍っていて、何度も滑って転びそうになりました。終了後、挨拶回り、病院、面会、調べ物とバタバタしていたら、あっという間に夕方に。時間がいくらあっても足りません。

 夜は、狼沢で県政報告会をやりました。雨のなか、20人の方にお集まりをいただきました。質疑では、公務員のボーナス支給の根拠、競馬問題が出ました。同じ話をするのでも、枕詞によって、話の印象がまったく違ってくることを学びました。日々是勉強です。夜は、会合に参加しました。体がまだ本調子ではありません。早くよくなるといいのですが。学生時代は二日徹夜しても平気でしたが、今は一日の徹夜でも次の日体がもちません。いつまでも若いつもりでいましたが、確実に年をとってるんですね。


12月12日(火)

『志』

 今朝は、花巻駅前、吹張町商店街、市役所前、上町商店街で街頭演説をやりました。午前中は、要望、お願いに回り、午後は、坂本神社の年越し祭に出席してきました。今年も、もうそんな時期になったんですね。昨年の暮れに急に選挙が決まり、暮れも正月もありませんでしたから、なんだか昨年からずっと一年が続いている感じです。来春も選挙ですから、今年の暮れも正月もなさそうです。ずっと走り続けている感じです。さて、今朝の岩手日報の県議会リポートに私のことを書いていただきました。昨日、取材を受けたのですが、今年1年を一文字で表すとしたら?というテーマでした。私は自ら立てた志の第一歩を踏み出したということで、「志」としました。今後は、初志貫徹でいきたいと思います。

 夕方、病院で治療を受け、夜は、渡辺勉・前花巻市長の市政功労賞受賞祝賀会に出席してきました。大盛況で、本人のお人柄が伝わってくる会でした。その後、会合に1件参加してきました。

 今日は、たくさんの方から空港問題について、ご批判と激励の言葉をいただきました。最近、メールや電話での意見も多いです。空港論議が活発になり、結構なことです。


12月11日(月)

『スキーシーズン到来』

 今朝は、温泉に入り、体を温めてから、街頭演説へ向かいました。顔の痛みもだいぶなくなり、楽になりました。途中、鉛スキー場の前を通りましたが、コースに雪がつき始めていました。もう少しで滑れそうでした。来年は、花巻市民スキー大会に出場する予定です。ぶっつけ本番になりそうですが、怪我をしないようにがんばりたいと思います。ちなみに市民スキー大会ですが、小4のときは6位、小5のときは2位、小6のときは2位でした。中学に入ってからは出場していないので、20年ぶりということになります。

 屋外電光掲示板を見ると、気温、マイナス3℃。花巻南温泉郷ファミリーマート前、笹間タクシー前、湯口郵便局前で街頭演説をやりました。今日は12定例会最終日です。川村県議の辞職の関係で、本会議開催が1時間遅れました。冒頭、頭を丸く刈り上げた議長から、県民に対する陳謝がありました。本会議終了後、マスコミ各社の写真撮影がありました。なかなか実感がわきませんが、選挙はもう間近なんですね。

 夜は、志戸平振興会館で県政報告会をやりました。13人の方にお集まりをいただきました。みなさん、うなずきながらとても熱心に話を聞いてくれるので、1時間を少しオーバーして話してしまいました。質疑では、昨日に引き続き、デジタル化への難視聴地帯対策について、要望を受けました。それから税金の問題についても意見が出ました。今日で、県政報告会に参加した方が、1000人を超えました。積み重ね、ですね。次は、2000人を目指し、がんばります。夜は、事務所で事務仕事に追われました。顔の痛みはひきましたが、咳が止まりません。今年の風邪は長引くとのことですから、みなさんも気をつけてください。


12月10日(日)

『山奥の集落へ』

 今日の午前中は大迫町内川目の久出内河川管理センターで県政報告会をやりました。久出内集落は、岳集落の手前にあります。巨木の里としても知られています。世帯も30軒ほどしかありまんので、何人来てくれるか不安でした。このあたりは、雪がすでに積もっており、下界とはまるで別世界でした。会場の公民館に入ると、13人の参加者が出迎えてくれました。頬かむりをしたおばあちゃん、たばこをプカプカふかすおじいちゃん、みんなニコニコ顔でした。みなさん、昔私の父と一緒に山の仕事をした方々で、親父の息子として暖かく向かい入れてくれた感じでした。こうして回っていると、父や母の人柄に触れることがあります。

 1時間、みなさん大爆笑しながら、私の話を聞いてくれました。考えてみれば、みなさん60、70を超えた世代の方々ですが、これだけ年の離れた方々を笑わせるのですから、私もずいぶん芸達者ならぬ弁達者になったものです。今年、早池峰山に登るのに、岳の駐車場からまず6キロ車道を歩き、河原の坊の登山口から山に登った話を得意げにしたら、「昔、俺らが子供のころは、真冬でも下駄を履いて、6キロの道のりを毎日小学校まで歩いて通った」と言われ、唖然としてしまいました。質疑では、林業についてなんとかしてくれという要望が出ました。

 一度、花巻に戻り、ある方に面会してきました。人間的に深みのある方で、少ない言葉の中にも重みを感じました。それから、大迫に戻り、菊池繁徳さん叙勲祝賀会に出席してきました。途中で退席し、内川目地区の大洞にある大黒公民館へ向かいました。内川目小学校から右に曲がり、山道をひたすら上がっていくのですが、なかなかこの大洞集落が姿を現しません。およそ10キロ入ったところに、集落がありました。公民館の構えもなんだか昔風で、周囲は雪に覆われていました。大洞(おおほら)集落と黒森(くろもり)集落から一字ずつとって、大黒(おおぐろ)公民館と名付けたと勝手に思い込み、冒頭、「おおぐろのみなさん、こんにちは!」と言ったら、「ここは、だいこくって言うだよ」と言われ、呆然。「下から10キロ、おおぐろ公民館で県政報告をやりますと拡声器で叫んできました。恥ずかしい」と言うと、「帰りに間違いましたって叫んでけ」と言われてしまいました。地名というのは怖いですね。この地区は20世帯です。ここもかつて、父親が山の仕事で一緒に働いた方々がたくさんおり、10人の方に来ていただきました。質疑では、携帯電話がいつになったらつながるのか、地上デジタル放送が始まっても難視聴地域だから見れない、防災無線も下に2キロ下らなければ入らないなど、他の地域では聞けない話が出ました。下りの帰り道は、アイスバーンで恐る恐る降りて帰ってきました。

 昨夜から、鼻を中心に、顔の右半分がひどく痛み、今日は口を開くのもしんどくて、おまけに頭痛もしてきて、たいへんな一日でした。右の歯も痛み、ものを噛めない状態で、食事もできませんでした。夕方、急遽、耳鼻科で診てもらいました。発熱を伴う風邪により、眉の間の前頭洞、こめかみの間の蝶形骨洞、鼻の付け根のし骨洞、頬のところの上顎洞という空洞の部分に炎症が起き、膿がたまってしまっているとのこと。熱も38度近く出ていました。とりあえず、注射を打ってもらい、薬をもらってきました。夜は、愛隣館で忘年会があり、出席してきました。みなさん、一年間たいへんお世話になった方々ばかりです。二次会までお付き合いさせていただき、途中で抜けて、ひとっ風呂浴びて、ぐっすり寝ました。


12月9日(土)

『気骨の人』

 今日は、午前中、桜台学童クラブの役員会に出席してきました。入所児童が多すぎて、様々な問題を抱えていました。行政の取り組みだけでは問題解決が困難だということで、学童くらぶの職員、親のみなさんが自分たちで解決していこうと試行錯誤していました。学区再編の問題などもあるようでした。学童くらぶを取り巻く現状について、いろいろ勉強させていただきました。

 午後は、東和町の安俵集落センターで県政報告会をやりました。雪が降っていましたが、9人の方々に参加していただきました。質疑では、農政についての意見が出ました。元東和町長もご家族で来られ、いろいろと叱咤激励をいただきました。とくに、「他の県議の報告会があれば、聞きにいってみてください。それで、そっちの方が岩手の未来を託せると思ったなら、その方に投票するべきです。そういう選挙にしていなくては、いつまでたっても、地域の発展などありえない」という私の話が気に入ったようでした。本当にみなさんそう思いませんか?元東和町長は減反の問題で全国的にも注目された気骨の人です。私もいつも以上に、背筋を伸ばしての報告会となりました。

 それから、花巻に戻り、ビックハウス前、アルテ前で街頭演説をやりました。夜は、本館公民館で県政報告会をやりました。6人の参加者でしたが、とても熱い気持ちを持っておられる方々ばかりでした。若い女性の方もひとり参加してくれました。ひとりは、他の地域から移り住んだ方でした。地域の力を高める施策について、議会に県民の民意を反映させる方法論について、政務調査費について、広域公園について、出資法人について、活発な意見が出ました。他にも、私の活動に叱咤激励をいただき、とても勇気付けられました。今日も、咳き込みながらの報告会となり、とても申し訳なかったです。病院からもらった薬を飲んでいるのですが、なかなかよくなりません。


12月8日(金)

『世代間激論』

 今朝は、桜台一丁目交差点、花巻消防署前で街頭演説をやりました。日中は、下二枚橋地区を戸別訪問してきました。多くの方から激励をいただき、とても励みになりました。夕方からコナカ前で街頭演説をやり、夜は下幅地区のみなさんを対象に、花北コミセンで県政報告会をやりました。参加者は5人でしたが、その中に二人の若い方がいました。久しぶりに県政報告会でしたが、咳がとまらず、聞き苦しかったと思います。せっかく来ていただいたのに、本当に失礼しました。質疑では、競馬問題、役所の予算の問題について意見が出されました。

 夜は、双葉町に新しくオープンしたお店にセレモニーに出席。それから、大衆居酒屋に移動し、建設現場で働いている若いにいちゃんたちと杯を交わし、その後、三件回ってきました。最後は、東京から来花中の社長と合流し、地元の経済人の方も交え、再会を喜びましたが、途中から議論がヒートアップし、最後は世代間激論となり、大喧嘩をしてしまいました。支援してくれている方々だったので、自分の器量に狭さに情けなくなり、途中退席。自己嫌悪になりながら、肩を落として、家路につきました。

 今日の夕方、県議会議員が飲酒運転で逮捕されたというニュースが飛び込んできました。飲酒運転撲滅に向けて、官民あげて取り組んでいる最中、県民の負託を受けた県議がこのような形で逮捕されることになってしまい、本当に残念です。


12月7日(木)

『重い決断』

 今朝は、コナカ前、胡四王一丁目交差点で街頭演説をやりました。終了後、議会へ。今日は、環境福祉常任委員会が開催されました。保健福祉部、環境生活部の審査が長引き、医療局の審査は午後になりました。

 大迫町の医療と福祉を守る会のみなさんが今日もたくさん駆けつけ、委員会室に向かう廊下の両側を埋め尽くしていました。手には、「診療所化に反対」、「せめて一年延期を」という紙が。そのなかを通り、委員会室に向かいました。大迫の方々が傍聴する中で、苦渋の決断ではありましたが、最終的に条例改正案可決、請願不採択に賛成、つまり大迫病院の診療所化に賛成しました。大迫のみなさんの不安を解消できないまま診療所化に踏み切ることにためらいはありましたが、今回の改革が進まなければ、全県的な医師確保、診療体制の維持が困難になることは目に見えています。

 県立病院の多額の累積赤字、医師不足の問題を解決していくためには、限りある医療資源の集約化を柱とする県立病院改革は避けて通ることができません。ただし、これで終わりということではなくて、住民のみんさんの不安を解消するために、最大限の努力をするべきとの認識に立ち、◆外来診療と初期救急の機能維持、◆他の医療機関と連携し、入院需要の対応、◆在宅医療の充実に配慮し、住民の不安解消と医療の質維持に努めるよう強く求めるとする決議を出し、本会議に発議することに決めました。我々も重い責任があるので、しっかり今後も決議が実行されるように監視していかなくてはなりません。

 夜は、環境福祉委員会の委員と、保健福祉部、環境生活部、医療局の幹部のみなさんによる懇親会がありました。普段、執行部のみなさんと胸襟を開いて話すことがほとんどないので、貴重な時間となりました。


12月6日(水)

『一般質問デビュー』

 今朝、体温計で計ると、38.5℃まで熱が上がっていました。街頭はお休みして、急遽病院に行き、点滴を受けてきました。今日は初めての一般質問の日です。こんなときに、やれやれです。昼過ぎまで休み、午後から議会へ。私の出番は4時過ぎです。地元からバスで駆けつけた支援者のみなさんで傍聴席が埋まりました。休憩を挟んだ後、私の出番となりました。議長が「次に高橋博之君」と指名し、私は「はい!議長、1番」と叫び、席を立ちました。1番というのは議員番号のことです。体調は最悪でしたが、登壇したら、咳も止まり、妙に落ち着いている自分がいました。いつも通り、落ち着いて、質問をしてきました。事前に原稿読みをしっかりしていなかったので、いささか不安ではりましたが、時間もちょうど30分で終わることができました。演壇から質問するのは、やはり気分がぜんぜん違います。

 質問の項目は以下の通りです。@分権時代における二元代表制のあり方について(知事と議会の関係について)、A官製談合防止策について(一般競争入札拡大の伴う品質管理について、B統合教育、いわゆる障害児と健常児が共に学ぶ教育について(宮城県でのモデル事業について)、C水質保全について(未然防止型水質保全行政について)、D早池峰山の環境保全について(県道紫波川井線の廃止・歩道化・最自然化について)、E遠野市で発覚した高レベル放射性廃棄物地層処分について(知事の覚悟について)、Fいわて花巻空港新ターミナルビルについて(花巻空港新ビルの必要性について)。

 これに対して、執行部が答弁。答弁者は以下の通り。@知事、A知事、県土整備部長、B教育長、C環境生活部長、D環境生活部長、E知事、F知事、県土整備部長、商工労働観光部長、総合政策室長。気になる答弁をざっとメモしながら、再質問に備えました。結局、5つの点について、再質問をやりました。再質問は、自分の議席からやります。質問する相手の知事も部長も目の前にいるので、少しは議論らしい議論ができます。傍聴している方もそうだと思いますが、やっぱり、再質問はぶっつけ本番丁々発止の議論ができますから、緊張感もあり、面白いですね。詳しい質疑のやり取りについては、岩手県議会のホームページ、もしくは、後日発行します私の時報誌を通じて、ご報告したいと思います。何はともあれ、鼻声ではありましたが、なんとか無事に初めての一般質問を終えることができ、よかったです。事務局の方々にもたいへんご心配をおかけしました。これが最初で最後の一般質問にならないように、がんばりたいと思います。

 夜は、花巻に戻り、アルテ前で街頭演説をやりました。


12月5日(火)

『体調悪化』

 今朝は、ローソン花巻インター店前、西宮野目ファミリーマート前で街頭演説をやりました。今日は一般質問二日目。一人の質問時間は長い人で、質問30分、それに対する執行部の答弁がだいたい45分、再質問15分、答弁が15分と、全部で1時間45分に及びます。今日は関連質問などもあり、結局6時近くまでかかりました。体調は悪くなっていく一方で、咳も悪化してきました。いよいよ明日が本番。がんばります。


12月4日(月)

『鼻声』

 今朝は、一日市商店街、浅沢鳥海神社前、松園町コイン洗車場前で街頭演説をやりました。終了後、議会へ。今日から一般質問が始まります。私の出番は三日目の最終日ですが、風邪で鼻声になってしまい、ちゃんと声が出るかどうか不安になってきました。なんとか本番まで治ればいいのですが。


12月3日(日)

『飛び入り参加』

 今朝は、4時起床。外に出ると大雪で、一面に銀世界が広がっていました。4時45分から、朝起き会に出席し、ご挨拶をさせていただきました。人生の大先輩方をたくさん目の前にし、私のような若輩が話をするのはいささか気が引けるところもあるのですが、私なりに「倫理観」について、お話してきました。今日は終了の5時半まで45分間の正座に耐えることができした。前回の市長選に落選したFさんが、今もこの朝起き会に通い続けています。すごいことだなと思います。人間性が伝わってきます。今朝も咳が止まらず、なんだか気になります。

 事務所に戻り、事務仕事と県政報告会の準備を昼前までやり、午後は市民芸能大会に顔を出してきました。会場の文化会館では、福祉バザーも開催されていて、みなさんにご挨拶してきました。わたぼうしで働いている先輩のMさんもいて、いつものごとくカレーまんの押し売りにあいましたが、断固拒否しました。

 それから、石鳥谷中央公民館の歳末たすけあい演芸大会へ。急遽、飛び入りでカラオケを一曲どうぞということになり、せっかくの機会なので、会場にびっしり詰めかけたおじいちゃん、おばあちゃんを前に、SMAPの『世界でひとつだけの花』を熱唱してきました。同じマイクを握ると言っても、普段の街頭演説とはまるで違い、緊張してしまいました。大観衆を前にしらふでカラオケを歌うというのも勇気がいりますが、そんな情けないことも言っていられません。ところが元気よく歌い始めたものの、風邪の影響で思うように声が出ません。かすれ声で、なんとも格好悪かったです。

 頭痛がひどかったですが、夕方から、花巻消友会20周年記念祝賀会に出席し、祝辞をやらせていただきました。舞台に上がったときは、頭がもうろうとしていて、何をしゃべったかよく覚えていません。消防の人たちはお酒が好きな人が多く、みなさんにつかまってしまい、結局最後まで会場にいました。二次会にも強制連行され、お付き合いしてきましたが、さすがにしんどくなり、途中で失礼しました。


12月2日(土)

『「ほどほど」の価値観へ』

 今日は丸一日、最悪の体調でしたが、フットサルのゲームに一試合出て、結婚を祝う食事会で挨拶をして、コナカ前で街頭演説をやり、一般質問の残りの原稿を書き上げ、夜は同級会に顔を出しました。

 今日、テレビで作家の渡辺淳一さんが「少子化はそんなに悪いことか」というような話をしていました。フランスは日本の国土の1.5倍の広さなのに、人口は8000万人。しかも、日本はほとんどが山岳地帯なのに対し、フランスはほとんどが平地。イギリスにしても、ドイツにしても、同じ。日本は今の人口の半分くらいになるのがちょうどいい。明治維新のときは、6000万人だった。それを富国強兵のもと、産めや増やせやでもって、1億3000万人になった。今どき、富国強兵でもあるまい。日本人の生活がなんだかせかせかし、経済力のわりに生活に豊かさを感じられないのは、このあたりにも原因がある、という話でした。「いけいけどんどん」から「ほどほど」の価値観へ、ということでしょうか。


12月1日(金)

『不覚』

 今朝は、花巻消防署前、豊沢川土地改良区前で街頭演説をやりました。終了後、事務所に戻り、一般質問の原稿書き。書くのは嫌いな方ではないので億劫ではありませんが、なにせ初めての一般質問なので要領が分かりまわせん。失敗を恐れず、思い切りやりたいと思います。質問項目は次の通り。

@分権時代における二元代表制のあり方について
A官製談合防止について
B共に学ぶ教育(統合教育)の推進について
C水質保全について
D早池峰山の環境保全について
E遠野市の高レベル放射性廃棄物地層処分について
Fいわて花巻空港新ターミナルビルについて

 これを30分かけて質問します。今日までで、@〜Dを書き上げました。夕方、担当者が来所し、打ち合わせをやりました。夜は、1件会合に参加しました。今日は、咳が止まらず、しんどかったです。不覚にも、すっかり風邪をひいてしまいました。




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